2014-05-24

フィリップ・K・ディック「ヴァリス〔新訳版〕」


『ヴァリス』なあ、う~ん。
この作品は大昔に読んで、ひとつも面白くなかったのだなあ。今回もパスしようかと思っていたのだが、旧いのは誤訳が多かったという話を聞いて、じゃあ、と。もう、死ぬまでに二度と読み返すこともないだろうし、くらいのつもりで。

物語は三人称で始まります。視点人物は神の啓示を受けたホースラヴァー・ファットという男なんだけれど、文章がやけに饒舌かつ説明的であり、ひとつのエピソードの間に、その何年か後に起こった事柄などが差し挟まれ、なかなか飲み込みにくい。そもそもこの地の文は誰によるものなのか、というと実はファット自身である。彼が、かつて自分に起きた出来事を振り返る形で客観的に書いている、という設定らしい。しかし、そう説明されて間もなく、作中では語り手とファットが独立した別々のキャラクターとして振舞い始めます。
こう書くと時系列やアイデンティティの混乱など、ラテンアメリカ文学っぽいな。物語としても、あまりSFという感じはしないのだ。いかにしてファットの脳内で妄想が育まれていったのか、がひたすら説明(描写ではない)されていく。ここら辺りは正直、退屈です。
全体の半ばを過ぎたあたりで「ヴァリス」という存在がようやく登場。そこからやっとSFというかディックらしい陰謀論的なテーマが展開され始めます。

あいつは自分の宗教的な生活や目的と、自分の感情的な生活や目的を完全にブレンドさせていた。あいつにとって「救済者」というのは「失われた友だち」の象徴だった。

作者の実体験を盛り込むことで、現実と妄想の混交が強烈な作品にはなっているのですが、エンターテイメント小説としては余りに頭でっかちでイメージに乏しいのは否めないところ。
ただ、感動的な場面もありましたし、結末には『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』に近い感触を覚えました。まあ、だから読んでよかったのかな? ディック入門には絶対に勧めませんが。

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