2009-12-31

Everly Brothers / Roots

元々、カントリー畑が出身のエヴァリー・ブラザーズ。1960年代に入りワーナーに移籍してからは、それまでよりぐっとポップ寄りの音楽にシフトしていたのだが、'68年の「Roots」というアルバムはタイトル通りカントリーに戻った作品。なのだけれど、これはバーバンク制作というのがミソであります。バーバンク、といえば古き良きアメリカ文化をポップな形で甦らせる、というのがコンセプトのひとつ。故にエヴァリーズのこのアルバムも単にルーツに立ち返るのではなく、カントリーを素材にしながら新しい音楽として聴かせよう、という試みがなされている。

アルバムの所々には彼らが少年時代、家族でラジオ番組に出演したときの録音が配されており、ここら辺いかにもバーバンクらしいコンセプチュアルな造り。

収録曲にはクラシックなカントリーソングと新曲が混在しているのだが、あまり違和感がない。これはアレンジに関わったロン・エリオット(ボー・ブラメルズ)の手腕に拠るところが大きいのだろう。

ランディ・ニューマン作の "Illinois" はいつものニューマンらしい、ピアノオリエンテッドな美しい曲であります。

現代の視点からの聞き物はテンポ早目の曲で、これらは完全にカントリーロックといっていい仕上がり。フライング・ブリトー・ブラザーズのファーストで聴けるハーモニーは明らかにエヴァリーズの影響下にあるものだけれど、ここにおいてはサウンド面でもその原型が提示されているではないか。ペダルスティールが疾走し、ときにサイケデリックな領域まで踏み込む。また、ワウをかませたギターが唸る "T For Texas" では、マイケル・ネスミスのファースト・ナショナル・バンドのアイディアが既にここで演られている。恐るべし。

そして、まわりがどうあろうとエヴァリーズのハーモニーはあくまで端整で。深いエコーに包まれたギターのロングトーンに導かれ、鼓動のようなリズムに乗せて歌いだされるケイデンス時代の曲の再演 "I Wonder If I Care As Much" は感動的であります。

Dan Penn / Nobody's Fool


南部ソウルの白人ソングライター、ダン・ペンが1973年にリリースしたファーストアルバム。久しぶりに聴いたら、凄くポップだった。
楽曲のほうは一曲をのぞいてオリジナルで、当然のように粒揃いであります。また、プロデュースも自身でやっているよう。
カントリー的な甘さを含んだソウル、なんだけれど都会的なセンスが感じられる音は、裏方さんだけあって隅々まで考えられている感じ。弦アレンジはバーゲン・ホワイトで、これは素晴らしい仕事。

シンガーとしては渋くて雰囲気がある声で、歌心がちゃんとある。真っ黒なので逆にブルーアイドソウルのファンには合わないのではないか。
さすがに本職と比べると声量や太さという点でやや物足りないところもあるのだけれど、強弱の付け方が絶妙で、それによって説得力のあるものに仕上がっていると思う。また、ヴォーカルで力が必要とされるところでは上手くホーンやコーラスでフォローすることでも迫力を出している。こういう、サウンド込みでヴォーカルがどんな風に聴こえるか・聴かせるかということに対する配慮は、ちょっとアル・クーパー(「New York City」とか「Naked Songs」あたり)を思わせる。

どの曲も一見無骨で実は洗練されているといった感じだけれど、"Raining In Memphis" という曲はイントロからケツまで凝りまくったアレンジが抜群の格好良さ。当時のフィリー産の仕事と比べても遜色がないんじゃないかな。

べったりソウル、とも違う音でスワンプ・ポップとでもいうか。カントリー臭がOKなひとは是非。

2009-12-26

三津田信三「水魑の如き沈むもの」

三津田信三の新作は刀城言耶シリーズ、今までのうちで一番長いお話であります。
もしかしたらこの作品はシリーズ中のターニングポイントになるかも、という気が。

今回もホラーとミステリの要素の融合がなされているのは確かなのですが、今までの作品において怪異は、よくわからないが「あるかも知れないもの」として扱われていたのに対して、今作でははっきりそれが「あるもの」とした前提に世界が成り立っているような感じを受けました。

ミステリとしては技巧が洗練されてきた分、迫力が後退してしまい却って地味な印象になってしまったか。異常な状況下における連続殺人によるサスペンスは大部の物語を駆動するに充分な力がありますが、真相開示シーンにおいて今までは毎回、突き抜けた仕掛けが用意されていたのに、今回は少しずつ解答が改変されながら逆転を繰り返す構成なので、意外性によるせっかくの驚きがやや削がれてしまっているかな、と。
とはいえ、終盤まで大量の不可解な謎を残しながら、一挙にそれらが解かれていく迫力は健在であり、伏線回収も半端ではなく、この作者に期待されるレベルは充分クリアされていると思います。
また、ミステリファンなら、後期クイーン的な「探偵の操り」テーマが作中に泳がされているのにも注目せざるを得ないところ。

文章のこなれが良くなり、リーダビリティの向上も見られた今作。刀城言耶のキャラクターがどんどん金田一耕助に似てきたような気もするのですが。


2009-12-09

小島正樹「武家屋敷の殺人」

帯には「詰め込みすぎ! 掟破りの密室死体消失連続トリック!」と書かれていて、実際その通りバリバリの本格ミステリです。
20年ほど前の新本格を更に暴走させたような、アイディアとプロットの密度の高さを持っております。展開があまりにご都合主義であったり、設定やキャラクターが破綻しているようなところは気になり、小説としては褒められたものでは無いですが。

構成には島田荘司の影響が強く見られます。幻想的で強烈な謎をアタマに持ってきて興味を引っ張る。のだが、この冒頭の大ネタは御大さながらの豪腕によって小説前半でほとんど解かれてしまう。そして、そこから別の強力な謎がいくつも立ち上がり、さらには過去の因縁話なども絡んできて、ミステリとしてのスケールも大きくなっていきます。
そして解決部分のどんでん返し(わざわざ章題にも「偽りの真相」とあります)。間違っていた解決も結構説得力があって面白いのですが、後から出される解決のほうが更に良く出来ていて、これもレベル高いね。多重解決にありがちな、どの解決でもいいんじゃないの? 的な状態には陥っていませんし、後出しジャンケンでもない。ただ、ロジックの妙は薄いです。論証自体の面白さは感じられなかった。
後、作中には誤導もいろいろ仕掛けられていて、こんなにあからさまでは、というものから、微妙すぎて普通の読者なら読み飛ばしてしまうんじゃ、というものまであって、なかなか愉しいです。

作者のミステリセンスは疑いないところでありますが、減点法で評価されると駄目でしょうね。とりあえず面白い本格ミステリが読みたい、という人向き。それ以外の配慮はない小説です、清々しいくらいに。

2009-12-05

James Brown / Live At The Garden

ジェイムズ・ブラウン1967年のライヴアルバム、「Live At The Garden」がHip-O Select から2枚組拡大盤で出ました。5千セット限定だそうです。

このライブ盤の元々のものは、演奏はともかく、音が良くない上に編集も乱暴であって、ちょっとファン以外には勧められるものではありませんでした。その上、ジャケットのセンスもピンとこないものだし、そもそも「~ Garden」というタイトルなのに、実際は大会場であるマジソン・スクエア・ガーデンやボストン・ガーデンではなく、ラテン・カジノというサパークラブで収録されたもので、ちょっと詐欺っぽい。まあ、そのくらいのことで文句言ってちゃあJBのアルバムなんて聴いてらんない、というのも事実でありますが、翌年に出た「Live At The Apollo Volume Ⅱ」が代表作のひとつとして評価されているのと比べると、明らかに落ちる存在であって、初めてCD化されたのもかなり後になってからでした。

さて、今回の拡大盤ではオリジナルのモノラルLPを全収録した他に、新たに4トラックからミックスし直したものが入っています。この新ミックスでは、音が良くなっているのは当然として、前座の(といってもJBも参加しているのだが)インストと、それまでは短く編集されていた本編のショウの全容がしっかり収録されています。オリジナルのアルバムとは別物と言っていいんじゃないかというくらい、はっきりと見違える出来になっていて。というか、今まで随分もったいないことをしてたのな、という感じです。

肝心の演奏の方ですが、収録されたのがアポロシアターでのライヴ盤の半年くらい前なのだけれど、そちらとも結構違いますね。アポロでのライヴではすっかりファンキーソウルのスタイルが馴染んでいて、余裕も感じられるものでしたが、この「Live At The Garden」ほうは、性急さが勝っているという印象。まだ "There Was A Time" や "Cold Sweat" なんて曲が無く、過渡期といった風も。
また、そういった曲が無いせいか "I Got You (I Feel Good)" はフルコーラス演っていて、これは嬉しい。この曲、後のライヴになるとメドレーで2、30秒くらいしか演らなくなるので、サックスソロもしっかり聴けるここでのヴァージョンはいいですね。

で、今回の新ミックスでの一番の目玉は "Papa's Got A Brand New Bag" になるかな。この曲、オリジナルLPでは本来の曲を半分くらい切り出して、"Hip Bag '67" というタイトルを付けて収録されていたのですが、今回は9分越えの煮えたぎる演奏をフルで堪能出来ます。
あと、未発表であった "Come Rain Or Come Shine" というスロウでは、何故かロン・カーターがベースを弾いているらしく(と言ってもあんまり聴こえないんだけど)、これも発見、ということになるかなあ。

とりあえず嬉しいリイシューでありますが、ホント、'60年代のJBのカタログはちゃんと整理し直して頂きたいものではあります。

2009-11-15

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」


1946年発表、フランス産本格ミステリ。作者は英米の探偵小説を読み漁り、その影響下でこの作品をものしたそうであります。実際、これでもか、というくらいにアイディアが詰め込まれていて、その密度が凄い。「読者への挑戦」まで用意されてるんですから堪えられません。

ポール・アルテより濃いですよ、こりゃあ。


複数の警官がつきっきりで見張っている状態で、ダイヤモンドが偽物にすり替えられるという、かなりの不可能犯罪が起こるのですが、その他にも監視下における消失事件などが用意されております。


基本はガチガチの謎解きミステリながら、さらにサスペンスを演出する場面など色々盛り込みすぎるあまり、小説としてのバランスはあんまり良くないかな。なんか、ごたごたしてる感じ。

ただ、語り口は軽やかかつユーモラスで、全体にすいすい読めてしまうのはいいですね。

また、作中にミステリ小説というジャンルに対する自己言及的なやりとりも ありますが、これもアントニィ・バークリイのような批評性から来るものではなく、純粋にアマチュアリズムから出ているもののようで微笑ましいです。


解決部分は複数の人物が自説を開陳していく、という流れのもので、それまで目立たない端役のようなキャラクターまでが結構鋭い推理を展開していきます。ここら辺、にやにやしてしまう趣向ですし、レベルも高いです。

でもって、メインのトリックが豪快で。かつての日本新本格のような、実現可能性はどうだろう、というような手の込んだもの。強力な謎に対して充分応えるだけの大技であります。


探偵小説ファンなら読んで損は無いですね。300ページほどの本ですが、満腹。

2009-11-08

アントニイ・バークリー「ジャンピング・ジェニイ」

「ぼくにはまるで探偵小説みたいに思えるな。ほら、殺人者が自分から名探偵のもとに駆けこんで、事件を引き受けてほしいと頼むようなやつさ。結局、そいつが殺人犯であり、同時に底なしの間抜けでもあることを証明するだけなんだけどね」(203ページ)

昔、国書刊行会から出たものの文庫化で、僕も再読なのですが、バークリイの作品は筋が込み入ってるものが多いので、この作品も細かいところは忘れていました。

『ジャンピング・ジェニイ』は探偵役が奮闘する様が道化にしか見えないという、ジャンルに対する皮肉な視点がこの作者ならでは。特に、ある被疑者にかけた容疑がそのまま探偵自身にも当てはまってしまう展開など、すれたファンでも悶絶ものであります。

ミステリの構成的に見ると多重解決、ということになりますか。結末は予想もしていない驚きもので、流石、と言いたいところなのですが、充分な伏線も無く唐突に出されるものであり、説得力がない。後付っぽいこのやり方ならいくらでも出来るじゃない、とも思ってしまいます。従来のミステリに対する批評性だけが突出してしまったような印象。

10年くらい前、バークリイの未訳作品が次々と紹介され始めたときのミステリファンの反響は、そりゃあ大したものでした。個人的にも英国探偵小説の隠れた大物として、この作家のセンスはクリスチアナ・ブランドあたりと同等なんじゃないか、なんて思っていたものです。
しかし最近では、それはちょっと違うのかな、このひとは本格ミステリのコアな作家ではないのかな、という風に考えています。抜群のテクニックと新しいコンセプトを持ち合わせていたのは確かですが、技巧に溺れるあまりミステリ本来の面白さを犠牲にしているような感があるのです。結局、やりたいことが違うのだ、と。
ミステリファンとしては、あんまり読者を見くびるなよ、と言っておきたいところ。

とは言っても、読んでいる間は滅茶苦茶面白かったのですが。今月末に出る『毒入りチョコレート事件』の再刊も買ってしまうでしょう。本当に面倒臭い作家ではあります。

2009-10-25

深水黎一郎「花窗玻璃 - シャガールの黙示」


フランスにあるランス大聖堂にそびえる塔から男性が転落死。現場は密室状態で、警察は自殺として処理。だが、半年後にその転落事件の目撃者が死体に。二人とも死の直前に、聖堂内にあるシャガール作のステンドグラスに見入っていたようなのだが。

深水黎一郎の「芸術探偵シリーズ」(帯にそう書いてあるのだ)の最新刊。これまで絵画、オペラを背景にした事件を取り扱ってきたのだが、今回はゴシック聖堂にステンドグラス、ということです。

題材と事件の照応がこのシリーズの肝であるのだけれど、今回は読み終わってみればかなりその縛りがきついことがわかります。その上、ゴシック聖堂の歴史を書き込み、文体に凝りまくり、構成も捻りを入れ、とまあコストパフォーマンスを度外視した良い意味でアマチュア的な労作であります(といっても読みにくくはない、というのはいいところ)。

しかし、本作最大の仕掛けをミステリとして評価できるのか、というと考え込んでしまいます。作中に現れるあるものに事件の真相が表現されていた、というのは後から見直して、おお! 凄いな、よくぞここまで、と驚けるものではありますが、それは伏線やヒントとは違い、あくまで判ってみれば、という種のものであって、解決編を読んでいるときのカタルシスに直結するものではないのです。真相をそのまんま書いていながら、その部分を読んでいる最中にはまず気付けない、という暗合をミステリとしての達成として受け止めていいのかどうか。

まあ、そういった部分を抜きにしても豪快な、バカミスっぽいトリックも炸裂していて楽しめますし、第一の事件の目撃者は何を見て驚いたのか、というのが明らかにされるところは絵的になかなか美しく、この作者が確かなセンスを持っていることを確認できます。

ミステリの可能性を拡げるかもしれないが、それが袋小路への一歩かもしれない、ような力作ですね。

2009-10-04

WIT' YO BADD SELF !


ジェイムズ・ブラウンの "Say It Loud – I'm Black And I'm Proud" という曲、初めて聴いたときは、実はそれほど凄いとは思わなかった。威勢のいい歌詞とは裏腹に、どこかのんびりとして盛り上がりきらない。この曲の録音された1968年(絶頂期だ)のJBにしては、やや緊張感に欠けるんじゃないか。メッセージソングとしても、同じような内容のことを(少し後になるが)スライ・ストーンの方がよっぽどうまくやってのけている、とも。
JB自身は自伝の中で
「この歌は今じゃ時代遅れだ。実際には、俺が吹き込んだ時もすでに時代遅れだった。だが、必要だったんだ」
「この歌のおかげで、俺は他人種のファンを多く失った」
と語っている。しかし、それを読んだときも、言い訳がましいなあとしか思わなかった。

認識が変わったのは、この曲がヒットしていた当時に録音されたダラスでのライヴ盤を聴いたときだった。この曲のタイトルをJBが静かな口調で告げると、客席の反応が歓声ではなく、どよめき。そして演奏はスタジオ録音とは違い、すさまじいテンションだ。観客も大盛り上がりで「I'm black and I'm proud」のフレーズを叫ぶ。なるほど、当時 "Say It Loud ~" という曲が凄く支持されていたということは判ったし、白人なら絶対このライヴの場にはいたくないな、とも思いましたよ。

さて、ワックスポエティクス日本版の最新号にはギャンブル&ハフのインタビューが掲載されている。彼らのキャリアがどうやって始まったか、一緒に仕事をしていたミュージシャン達についてなど非常に興味深いのだけど、個人的にガツンっ、ときたのはケニー・ギャンブルの以下のコメント。
「ひとつだけ言っておこう。ブラック・ピープルの歴史において最も重要な出来事は、ジェイムズ・ブラウンの『Say It Loud, I'm Black and I'm Proud』だ」
「あの曲はブラック・ピープルを開放する助けとなった。ブラック・アメリカにとっては決定的瞬間だったよ。学校で誰かにブラックと呼ばれたら、喧嘩していた時代を俺は覚えている。その頃は、皆がブラックであることを誇りに思っていなかったのさ。しかし、世界が変わったんだ」
ううん参ったね、判ったつもりになっていたけど、それ以上にずっと意味のある曲だったのかも。

2009-10-03

歌野晶午「密室殺人ゲーム2.0」

『密室殺人ゲーム王手飛車取り』の続編。

前作のラストがカタストロフを予感させるものであったのですが、今作ではそういうことが何もなかったかのように、殺人ゲームが継続されるので、大きな違和感を呑み込んだまま読み進めることになります。

で、その辺の事情は物語後半に明かされるのですが、それと同時に殺人ゲームの持つ意味がずれる趣向が良いです。単なる二番煎じではないという。


思いついたトリックを実行したい、そして自慢したいという動機のみで殺人が繰り返されることによる、読み手の倫理観を揺さぶるインパクトは、続編とあって弱まっているのは仕方のないところ。

ただ、トリックの手の込みようは前作と劣らないです。仲間に見せ付けるだけの為に練りに練られた、効率のかなり悪い殺人方法がやりすぎ感あふれていて、素晴らしい。

また、解決に至るまでのディスカッションもあらゆる可能性を入念に潰していく様態であって、純粋にミステリとしてみれば今作の方が優れているかも。


しかし、もう続きは無いんじゃないかな。

2009-09-21

アントニー・レジューン「ミスター・ディアボロ」

1960年作品。
黄金期の本格、特にディクスン・カーを意識したようなミステリであり、17世紀に起こったと伝えられる怪事件、それにまつわる人物が現代に甦って、衆人監視のもとでの消失や密室殺人を起す、という如何にもゾクゾクしそうな道具立てなのだが、カーのようなケレンが薄く、淡々と進行していくため怪奇味は希薄であり、これは勿体無い。
探偵キャラクターも魅力が弱く、実際に黄金期に書かれた作品ならまだしも'60年代でこれはちょっとなあ。

謎解きのほうはスマートかつシンプルな盲点を突くもので、すごく筋のいいものだけれど、あっさりと語られるため盛り上がりきらなくて、肩透かしな感じを受けてしまう。これも惜しい。
また、よく考えると犯人の行動・計画には相当無理があるのだが、そこは古典へのオマージュとして許せるかな。
ただ、誤導が弱く、これが結果としてサスペンスの欠如に繋がってしまっていると思う。
まとまりは良いんだけれどもねー。

アイディアは素晴らしいが、プレゼンテーションがいまいちなため小粒な印象をあたえてしまう作品だと。あくまでマニアが楽しむ作品あって、一般向けじゃないよね。

2009-09-13

ヘレン・マクロイ「幽霊の2/3」


長らく入手難であった『幽霊の2/3』がめでたく新訳で出ました。同じ作者の『殺す者と殺される者』もそのうち出るらしいので楽しみであります。

さて、内容ですが。出版社社長宅で行われたパーティで人気作家が毒殺されてしまう。 古典的な謎解きを期待していると毒殺トリックや誰がやったのか、を中心に話が進んでいきそうなところですが、話はそれとは違う謎の方をどんどん掘り進んでいき、まるで予想しない展開に引っ張られていってしまう。ここら辺、1956年発表の作品ということでポスト黄金期における本格ミステリの新たな語り方のひとつ、として読めそうです。

純粋に謎解きとしてみると、ロジックは緩いものであるし、トリックもそれほどではなく、そこだけ取り出すと大したことない、ということになるかも。
あと、解決前に「読者への挑戦」風に気にかかる点が列挙されていくのですが、それによってメインになっている謎がすっかり見えてしまう。そそる趣向ではあるし、フェアといえばそうなんだけれど、勿体無い。

ただ、きめ細かな伏線がすごく良く出来ていて、これによって捨て置けない作品になってるんだよなあ。隅々まで無駄なく構成されていたことが、あとから分かってくる。
そして、解決部分で作品タイトルの意味が浮かび上がってくるところは、美しいといっていい。僕などはそこだけでもう満足。

形がいいミステリなんだけれど、展開は地味であるし、広く勧められるかは微妙なところかなあ。

2009-09-12

ビートルズがやって来たハァハァハァ


うちにもビートルズが来たよ。

とりあえず「Please Please Me」だけ聴きました。
やはりモノラルが素晴らしいです。
どの楽器もゴツゴツしていて、重い。ヴォーカルも激しくて、品がない。
まさにロックンロール。
紙ジャケの出来はうん、悪くはないかな。質感とか、もっと出せたようにも思うんだけど、生産量やコスト的な問題でこれがいっぱいなのでしょう。
ステレオミックスは今更言ってもしかたないのだけれど、やっぱり演奏・ヴォーカルが鳴き分かれで、ホントに今後はこれがスタンダードになるのか? 珍品だと思うのですが。
まあ、そうはいっても音はいいですね、クリアで音圧もあって。特にベースがブンブンいってて迫力あります。
ワタクシ、出る前にはステレオ/モノは2イン1にしろよ、とか思ってましたが、実際聴いてみるとこれは別々でよかったのかな、という気がしました。リマスターのコンセプトがステレオとモノでは違うんだね、きっと。

とりあえず人生の楽しみの何パーセントかは達成されたようではありまする。しばらくは退屈のしようがない。
マーク・ルウィソーンの「レコーディング・セッション」を傍らに秋の夜長をアレします。

2009-09-03

Blossom Dearie sings Rootin' Songs


1963年発表。もともとは、アメリカのルート・ビア (Root beer) というソフトドリンクの販促用に配布されたアルバムであります。
ジャケットにはブロッサム・ディアリーが弾き語りをする姿が写真が使われているが、このアルバムで彼女はピアノを弾いておらず、唄だけ。そのせいかどうかは判らないけど、全体に唄のキーがいつもより低めであって、可憐さはやや控え目で落ち着いた感じ(ブロッサムにしては、ね)。

演奏はジャズカルテットが受け持っているのだけれど、レコードそのものはジャズファンに向けて制作されたものでないので、収録された曲も当時のアメリカでよく知られたものばかり。「酒とバラの日々」「想い出のサンフランシスコ」「暑い夏をぶっとばせ」「デサフィナード」「燃える初恋」「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」など。アルバムタイトルの「rootin'」は「routine」にかけているわけだ。
それでもアレンジは安易なものではなく、それぞれに一ひねり。「酒とバラの日々」のような曲でも、テンポ早めのボサノヴァ仕立てながら、ブレイク部分では拍子が変わってスリルを感じさせる仕上がり。

コンパクトにまとまったジャズボサに乗って、凛と立ったブロッサムのヴォーカルがスウィングするポピュラー好盤であります。

2009-08-31

道尾秀介「龍神の雨」

この本、買ってから二ヶ月以上、手を付けてませんでした。
道尾秀介は今、日本で一番優れたミステリ作家のひとり、とは思うのだが、なんか深刻な物話が多いんですね。この作品もそう。僕の好みからすると、うっとおしい人間ドラマなんてどうでもいいから、騙してくれえ、というところなのですが。この作者は登場人物の気持ちの擦れ違いを誤導に使うので、心理の書き込みが深くなるのは仕方ないところで。うまく省略も効いてるので読み始めたら早いんですけど、どうもね。
が、放置してるうちに次の新刊『花と流れ星』も出たようなので、それも読みたいしな、と取り掛かりました。

で、感想。
いつもの道尾作品でした。重い雰囲気ながら緊迫感を持続させることで、どんどんページを繰らせていく。こっちは、どこに仕掛けがあるのか、と思いつつ読んでいるのだが、コロリとやられる。その技のキレはあいかわらず素晴らしい、のだけど。
この騙しのパターンというのに少し慣れてきてしまったか、という気はします。事件の限定された部分しか主人公もしくは読者には見えていないのだが、実際の全体像はその「部分」から想像するものとはまるっきり違っていた、という。
確かにすっかり騙されはしたのですが、またおんなじだったなあ、という感もあって。贅沢なこといっていますが。

もっとも今回はその「騙し」だけを取り上げて云々するべき作品ではないのかもしれません。どんでん返しがあってからもまだ物語が展開していくので、読後感は今までの作品とは違ったものでした。サイコサスペンスみたいだなー、と。
ミステリの技巧は今までの延長上にあるものですが、物語の構成としては違って来ているのかも知れないす。

読む方がこの作者のとんでもない巧さに慣れてしまってきたような感じもありますが、年間ベスト10なんかには入ってくるでしょうね。

2009-08-14

大森望/日下三蔵 編「超弦領域 ― 年刊日本SF傑作選」


2008年の国内SF短編アンソロジー、なんだけど。
最初に言っとくと、ぼくは今のSFにはすっかり疎くなってて。で、最新のSFってえのをちょっくら読んでみるか、と手を出したわけで。
そしたら、これってSF? ってのが結構混ざっていて。SF的なものの広がりを示した選択なのだろうけれど、綺譚といったほうが相応しいものもどんどん取り込んだ結果、ジャンル独自の色が薄まってしまったんじゃないか。最後の方に純SF作品を並べることで、落とし前はつけてあるけれど、一冊の本としてはバラエティが中途半端さにも繋がってるようであって、個人的には、面白いけど食い足りないという意見です。

気になった作品をばいくつか。

法月綸太郎「ノックス・マシン」 ・・・ ミステリの世界では良く知られる「ノックスの十戒」を扱った、タイムトリップものホラ数学SF。ネタ一発、といえばそうなんだけど、バカバカしくも楽しい。法月は他ジャンルだと生き生きしてるなあ。

津原泰水「土の柱」 ・・・ どっから見てもSFではないんだけれど、もう、小説が抜群にうまいです。凝縮された文、とはこういうものをいうのだな、惚れぼれしました。早速この人の著書を3冊買って来ましたよ。

堀晃「笑う闇」 ・・・ ロボットと漫才をする、というお話。日常とテクノロジーの馴染ませ方が素晴らしい。単純に物語としてもよく、ベテラン作家らしい芸が堪能できました。こういうのがあると、ほっとしますね。

円城塔「ムーンシャイン」 ・・・ 稲垣足穂みたいなタイトルですが、ハード数学SF(らしい)。正直、この作品はちゃんとわかったわけではないです。イメージもしっかり受け取れた気はしませんし。ただ、設定やら語り口の楽しさでもって、わからないままでもどんどん読めてしまう。

伊藤計劃「From the Nothing, With Love.」 ・・・ あまりに現代的な007パロディ。アイディア・情報量の密度とそれを負担にさせない娯楽性の高さ。この作品だけレベルが違うな。重く骨太な力作。 

2009-08-12

Beach Boys / All Summer Long


1964年リリース、ロックンロール・コンボとしてのビーチ・ボーイズを代表するアルバム。

まず、ジャケットが素晴らしい。これ以前のアルバムのジャケットは、今見るとややセンス古いかな、という気がするのだけれど。
この「All Summer Long」というアルバム、楽曲の題材としてはそれまでのサーフ/ホット・ロッドに密着したものから、サザン・カリフォルニアの若者のライフスタイルへと、すこし広がりを見せており、ジャケットもそれに呼応したようではある。

収録曲では、なんといっても冒頭の "I Get Around" が最高だ。この曲の数ヶ月前にリリースされた "Fun, Fun, Fun" はビートルズとタイマン張って勝つべく制作されたシングルであったが、チャートでは5位止まりだった。今ではポップクラシックであるが、"Fun, Fun, Fun" はまだ "Surfin' USA" 以来のチャック・ベリーにフォー・フレッシュメンを掛け合わせたスタイル、その洗練形の範囲にあったと思う。けれど "I Get Around" にはそれを越えたドライヴ感がある。新しいロックンロールが生まれた、といっていいのではないか。シングルチャートでも見事、1位に輝いた。

メロウな曲ではカバーではあるが "Hushabye" がもう、聴いていてどうにかなってしまうんじゃないか、というくらい美しくて。コーラスは無論のこと、バックのアレンジも素晴らしい。ドラム、ベース、ピアノくらいしか入ってないようだし、シンプルな演奏なのだけれど。曲のはじめのところ、ベースが入ってくる瞬間や、ピアノが単音のフレーズからコード弾きに変わるところなどゾクゾクさせられる。
中間部のマイク・ラブのナイーヴなヴォーカルもいい。と、いうか良くないところのない名演。

このアルバム制作の後、しばらくしてブライアン・ウィルソンはツアーから離れてしまい、ビーチ・ボーイズの音楽は徐々に内省性を強め、アレンジも複雑化してゆく。
「All Summer Long」はそうなる以前の、アメリカの若者が抱く憧憬が屈折なしに表現された最後のアルバムということだ(表題曲が映画「アメリカン・グラフィティ」の最後に使われたことは象徴的)。ビーチ・ボーイズとしてはサーフ・インストが収録された最後のアルバムでもある。

ロックンロールに楽観性が生きていた時代。それゆえか、勢い一発のような曲もある。けれど現代においてその出来を云々するのも見当外れかもしれない。
ひたすら無垢、というより無邪気な音に打ちのめされればいいと思う。

2009-08-05

Freda Payne / Band Of Gold


フリーダ・ペインがインヴィクタスからリリースした音源を、コンプリートで収めた2枚組CDが最近英エドセルから出ました。2001年に英サンクチュアリから出た同趣向のものも僕は持ってるのだけれど、そちらは曲順がオリジナルアルバム通りではないので、新たに購入。まあ、お金の無駄遣いですね。あと、同時にチェアメン・オブ・ザ・ボードの全音源を収めたものも出たので、ダブリ上等でこちらも購入。ちょっとでも音が良くなってれば、という言い訳を自分自身に対してしながら。ああ、無駄遣いだともさ。

「Band Of Gold」はフリーダ・ペインが1970年に、インヴィクタスからでは最初にリリースしたアルバム。
モータウンから独立したホランド=ドジャー=ホランドが設立したインヴィクタスおよびホット・ワックス。フリーダ・ペインはそこにおける新たなダイアナ・ロスであったのかな。
彼女はインヴィクタス以前にはジャズを歌っていたそうで、なるほど聴いていても、それほどソウル的な力感を感じるヴォーカルではない。けれど、可愛らしい声でしっかり歌っていて、好感が持てます。気張ると却って子供っぽく響くのだけれど、それも悪くないです。ちゃんと伝わってくる。

音のほうはモータウン時代のH=D=Hのアレンジの流れを汲みながら、ミックスではストリングスの音量控えめ、リズムが強めのすっきりした仕上がり。あと、'60年代のものと比べるとやや曲のテンポが抑えてあって、ミディアムであってもちょっと踊り難そうかな。けれど、フリーダの発声のはっきりした丁寧なヴォーカルが映えるテンポではあります。
楽曲もポップでキャッチー、いい出来のが揃っていて、H=D=Hが彼女に力を入れて売り出そうとしていたのが判ります。

このアルバムより後のものでも良い曲は入ってるのだけれど、音のほうがデトロイト・ノーザンの溌溂としたスタイルではなくなってきているので、個人的にはやはり「Band Of Gold」の新しいものが始まるような勢いが好みです。
ソウルのリスナーよりもガールポップのファンに勧めたい作品。

2009-07-28

William DeVaughn / Be Thankful For What You Got


涼し目のソウルでひとつ。

一発屋、ということになるのかな。ウィリアム・ディヴォーンがフィラデルフィアのシグマスタジオにおいて、自費で録音したシングル "Be Thankful For What You Got" は、レコードレーベルに買い上げられたのち1974年にミリオンセラーに。
それを受けて出されたアルバムは、なかなか微妙なバランスの上に成り立っているような、ちょっと他にない個性のものであります。

ディヴォーンのスタイル、というのはカーティス・メイフィールドのメロウな面を抽出し、水で薄めたような印象。ヴォーカルは下手ではないが、それほど黒さや存在感があるわけでもない。スピリチュアルな感じはするけれど。
その分、バックの演奏が際立っています。フィリーのセッションマンたち、MFSBはここでは華麗さは控えめでちょっとラフな感じ、リズムが大きめにミックスされてるのが特徴です。ストリングスが入っていない曲も多く、小編成ゆえに演奏のグルーヴが伝わって来やすい。そのあたりが、このアルバムに現代的なテイストを与えているのではないかな。

ディヴォーン自身の手による楽曲は、どれもなかなかのレベルにはあるのだが、ワンパターン気味です。それが逆にアルバムを頭からケツまで通して、気持ちよく聴くことができる理由のようでもあって。

なんか、中途半端がちょうどいい塩梅になった、そんな天然もの。クールで格好いいです。

2009-07-26

Marva Whitney / It’s My Thing


ジェイムズ・ブラウン一座のソウル・シスターNo.1、マーヴァ・ウィットニー。アイズリー・ブラザーズの "It’s Your Thing" のアンサーソングである、"It’s My Thing" がヒットしたことを受けて、1969年に制作された彼女のファーストアルバムです。英国でCD化の際、シングル曲等がボーナスで追加されています。

‘60年代後半、ジェイムズ・ブラウン・バンドが絶頂にあった時期だけに、素ん晴らしくゴリゴリのファンクが堪能できます。クライド・スタブルフィールドのドラムがすさまじい。
肝心のマーヴァの方ですが、ジャケットには可愛らしく写っているけれど、唄の方はテンション高くシャウトが多用されるもので、そんなに叫びまくって喉は大丈夫? と思うほど。ただ、スロウの曲でもサビに来ると全開になるのですが、普通に歌っているところでは、あれ、それほど上手くないのかな、という感も。とにかく迫力のある演奏に負けない気合の入ったものであるのは確か。あと、リズムに乗ったしなやかさが身上かな。

明らかに音質が違う曲が含まれていて、おそらくライブで演奏した録音をスタジオで手直ししたものだと思われるのだけど、そうすると当時は未レコード化の新曲もステージにかけていたということで、相当勢いがあったのだね。また、レコーディングとライブを同じメンバーでこなしていた強みもあるか。
あと、アナログの各面の最後に当たる曲がインストであって、マーヴァの歌を期待したらガッカリかもしれないですが、これらが非常にいい出来で、特に "In The Middle" という曲はむき出しのリズムがループ感のある格好良さ。このベースいいなあ、スウィート・チャールズか? と思って調べたらティム・ドラモンドでありました。凄いね。

一枚のアルバムとしてこれほど純度の高いファンクが詰まったものも、そうは無いでしょう。JBのファンなら押さえていたい一枚ですな、やはり。

2009-07-13

ポール・アルテ「赤髯王の呪い」


ポール・アルテのもので未読だったのを一冊、読みました。正式デビュー前に書かれた中編「赤髯王の呪い」と、短編が三つ収録。すべてツイスト博士もの。

「赤髯王の呪い」はもともとフェル博士を探偵役に書かれた作品だそうで、なるほど、不可能犯罪やおどろおどろしい伝説等、初期のディクスン・カーを思わせる非常に力の入ったものであって、つまりアルテの基本スタイルはデビュー前から変わっていない、ということですね。
後の長編作品に劣らないくらいにアイディアてんこもりである上、メインのトリックもカーのある有名作を彷彿させるもので、いちアマチュア作家の「おれはカーのようなミステリを書きたいんだ!」という熱気が作品全体から伝わってきます。この迫力は処女作のみが持ちうるものでしょうか。ちょっと彼の他の作品からも得がたい魅力です。
また、物語の閉じ方はひとひねりあって、フランスらしい心理ミステリという感も。

短編の方は、どれも限られた紙幅に不可能犯罪と合理的な解決を押し込めたもので、そうすると所々無理が出るのは仕方ないか。特に動機は「そんな理由で人を殺すか?」というようなものであります。ひいき目で見れば、黄金期のミステリを読んでいるようで、かえって快いですけどね。

あらためて、アルテは日本の新本格とシンクロしているようだ、という感を持ちました。
作風にぶれがない、ということも確認。

2009-07-05

松本寛大「玻璃の家」


島田荘司が選者を務める「福山ミステリー文学新人賞」の第一回受賞作。

島荘先生の言葉を借りると「『相貌失認(そうぼうしつにん)』という、人相を把握できない珍しい脳の障害を得た目撃者、コーディ少年が、心理学者とともにいかにしてこの障害を乗り越え、犯行者を発見していくか」というお話。


舞台はアメリカ、ニューイングランドのさびれかけた町。廃墟となっている屋敷に潜り込んだコーディ君が、死体を燃やしているところを目撃してしまう。事件としてはそれだけです。

コーディ君は犯人の顔を見ているのだけれど、それをうまく認識することができない。心理学科の研究員、トーマはコーディ君の目撃者としての能力を計りつつ、証言の信憑性について判断を下さねばならない。

実際の事件の捜査は警察に地道な聞き込みによって絞られていくものであり、そこにはミステリらしい飛躍はあまりありません。関係者は限定されていき、結構早い段階で犯人はわかってしまいます。しかし、証拠がない。踏み込んだ物的調査をするにはコーディ君の証言が必要なのですね。


そうした捜査の描写の合間に、舞台となった屋敷にまつわる過去の出来事が語られます。17世紀の魔女狩り、屋敷内のすべてのガラスを取り除いてしまった奇妙な男、打ち捨てられた後の屋敷でラリっているうちに死亡したヒッピー。それらと現代の事件との繋がりが次第に明らかになっていき、物語が広がりをみせていく。


文章は新人とは思えないくらいしっかりしているのですが、反面実直すぎてケレンがなく、ミステリとしてはどうかな、と思いながら読んでいました。事件の捜査をしてるのは警察で、探偵役らしいトーマはコーディ君の能力を調べてるだけだし。犯人バレてるし。

それが解決編に至り、怒涛の勢いで仕掛け・トリックが明らかにされていくので、この変化には驚きました。それまでリアリスティックな捜査小説だったのが、一気に本格ミステリとしてのスケール感が爆発していきます。逆に、この最後の部分だけに目一杯詰め込み過ぎたため、物語全体として割りを食っている感じも。


地味な展開と派手な解決のバランスがあんまり良くない、という印象は持ちましたが、新人離れした構想力と小説のうまさがある、というのは間違いの無いところ。

ただ、巻末に挙げられた心理学関係の参考文献の量も半端ではなく、このスタイルだと量産は効かないだろう、という気はします。

2009-06-28

獅子宮敏彦「神国崩壊 ― 探偵府と四つの綺譚」

中国をモデルにした架空の王朝を舞台にした連作ミステリ。過去に起こった事件を書き記した書、という設定の4つの短編を、作中現実のパートが物語の初めと終わりで挟む、という構成になっています。

個々の短編は非常によく出来ています。不可思議で魅力的な謎と、それにしっかり応えるだけの大きな真相が用意されていて、ミステリとしてのスケールがでかい。新たなトリックメーカーあらわる、という感じですよ。
更には、それらを包む異世界の構築が素晴らしいし、物語も線が太くて読ませます。
と、言うことないんだけれど、謎が物語によく融けこんでいる分、せっかくの奇想の印象が薄いものになっている、という気も個人的にはする、贅沢なはなしだけれど。
というかミステリ読んでる気がしないのね。ファンタジーみたい。むろん良く出来た、ね。

そうした迫力ある短編部分に対して、外枠の物語の方は随分さらっとしたもの。会話文もラノベみたいで軽いし、全ての短編に巡らされた趣向が明らかにされるんだけれど、ふ~ん、そうなるんだという感じ。
これは意図して重厚さを避けてのものだろうし、好きずきなのかな。正統的なミステリとして最後はまとめた、という印象を受けました。

まあ、力作っすね。エンターテイメントとして密度が高い。
作者は寡作なひとのようでありますが、次も読みたいです。

2009-06-26

Soul Toronados / The Complete Recordings


ちょっと前にも似たような名前のグループについて書いたけれど、こちらのトルネードズは10代の少年4人組のファンクバンド。
CDのタイトルにはコンプリートと銘打たれていますが、1970年にリリースされたシングル3枚分に未発表ライブが一曲収録されているのが全てで、25分くらい。 

メンバーが皆若いにしては演奏が凄く達者で、勿論粗削りなところもあるのだが、バンド一体となってのグルーヴがきまっています。気持ちよく弾むリズムにブイブイ飛ばすハモンドオルガンが素晴らしい。インスト曲ばかりだけどジャズファンクというわけではなく、ジェイムズ・ブラウンのある部分を抽出・純化したような印象で、テンション高いね。
楽曲自体にはミーターズっぽいものも。さすがにあれほど複雑なニュアンスや懐の深さはなく、代わりにあるのは性急さであり、ループ感も強い。リズムは前ノリであってエッジの立った攻撃的な仕上がり。 
また、"Boot's Groove" という曲ではスライドギターが延々ソロをとっているのですが、そんなものでもちゃんと格好いいファンクになっており、センスいいなあ、と感心。
欠点をいうと、曲がシングルからとったもののせいか、どれも時間が短いのね。2、3分で終わっちゃう。ひたすらと続くリフの反復こそがJB的ファンクの肝、としたい向きには物足りないかなあ。

未発表ライブ曲はJBの "Superbad"、ボーカル入りでやってまして、この曲だけ7分以上あるんだけれど、原曲まんまのアレンジながらカルテット編成でもってオリジナルに迫るものになっていて、考えてみればこれも凄い。
ただし音はかなり悪いね、このライブ。繰り返し聴くのはつらいか。

若さと才気に任せたような勢いに満ちたファンクで、JBの「Love Power Peace」なんかが好きなら気に入るんじゃないかな。若き日のブーツィー・コリンズのいたペースメイカーズなんかもこんなだったかもしれないなあ、とかね。

2009-06-21

本格ミステリ作家クラブ・編「本格ミステリ09」


今年も読んだよ、本格ミステリ作家クラブによる年間ベスト短編アンソロジー。
今回は収録された8作うち3つが既読でありました。それはひいきの作家が多く収録されている、と考えればよいのだろうけれど、こういったアンソロジーには、僕個人としては今まで読んだことのなかった作家との出会いを期待しているところがある。今回選ばれた顔ぶれは、まるっきりの新人がひとりとあとは殆どベテラン作家であって、ちょっと新味がないという気はする。安心して読めるといえばそうだけれど。
それに関連して、杉江松恋氏のところには気になる文章が。

ま、個人的に気になった作品をば。

法月綸太郎「しらみつぶしの時計」 ・・・ 外部から隔絶された空間、その内部にあるすべて異なる時間を指している1440個の時計。六時間以内に、推論だけを頼りに唯一つだけ正しい時刻を指す時計を見つけねばならない。思考パズルというか頭の体操を小説化したような展開が、一番最後になって本格ミステリでしかありえない飛躍をする瞬間のカタルシスは大したもの。タイムリミットものとしてサスペンスも効いている。

小林泰三「路上に放置されたパン屑の研究」 ・・・ いわゆる日常の謎、を扱いながらも物語の外枠がどんどん捩れていく。奇妙な味であるし、初期の筒井康隆風でもあるかな。落ち着くところの見当はつきやすいけれど、内側の謎と外側の物語が綺麗にリンクした形はお見事。

柳広司「ロビンソン」 ・・・ 昨年、最も話題になった短編集『ジョーカー・ゲーム』から。こうやって他の作家のものと並べると、短い紙幅に詰め込まれたアイディアの量が半端ではないことに気づかされるね。

沢村浩輔「空飛ぶ絨毯」 ・・・ 作者は未だ単著はないひとだそうだ。最初に奇抜な謎が提示されるのだが、謎解きをしながらも物語は予想できない展開へ。これが計算によるものなら凄いのだけれど、天然かもしれない、という気もする。

あとの短編はみな、オーソドックスな名探偵による謎解き小説、という感じのものでした。当然ながら総じてレベルは高いけれど、続けて読むと有難みが薄くなるかなあ。

最後に収められた、千野帽子の評論「『モルグ街の殺人』はほんとうに元祖ミステリなのか?」も良い。このアンソロジーのシリーズは最初に出たものからずっと読んでいるけれど、個人的に評論では今までで一番面白かった。この「本格ミステリ09」収録作品に対して「2008年にもなってそんな小説書いてるっていうのは、どうなの?」と言ってるようでもあります。

2009-06-19

James Brown / Soul Pride (The Instrumentals 1960–1969)


前回書いたジェイムズ・ブラウン・バンドの "Tighten Up" というのは、1968年に行われたダラスでのライヴにおけるものである。世界一のファンキードラマー、クライド・スタブルフィールドの叩きまくりのドラムが圧倒的で、キース・ムーンも真っ青の、タイムをキープしたままでのドラムソロといったもの。この "Tighten Up"、ベースもブリブリいってて格好いいし、トランペットソロも実にきまっている。メイシオ・パーカーのMCもいい感じであります。まあ、オリジナルと殆ど同じアレンジでカバーをやるのは、バンドの力量から見ても反則だという気はしますけれど。
このときのコンサートは単独でも出ているけれど、"Tighten Up" に限っては1993年にリリースされたコンピレーション「Soul Pride」が初出です。

副題に「The Instrumentals 1960–1969」とついているように、このCDはジェームズ・ブラウンが'60年代に録音したインスト曲より選曲された2枚組。JB'sという名で呼ばれるようになる以前の、彼のバンドの音楽的変遷が辿れるようになっておりますが、やはり、聞き物となるのがこのCDセットの後半3分の1で、クライド・スタブルフィールドがいた時期の録音であります。クライドは1970年にバンドを脱退したまま帰ってこなかったためJB'sには参加していないので、こうした形で彼のプレイするインストのファンクをまとめて聴けるのは嬉しいすね。
'60年代後半は、インストでもそこそこヒット曲が生まれていた時期であって、バンドの充実が伺える名演が連続で収められています。一番最後に入っている "Funky Drummer" はおそらくここでしか聴けないミックスで、このヴァージョンが一番いいんじゃないかな。

そのほか、'60年代初期は大雑把にいうとビッグバンドによるR&Bなんですが、時代を感じさせるものも多い。のどかというか。'60年代中ごろから徐々にファンク度を強めていくのは、JB自身のヒット曲と歩みを同じにしていますね。
そもそもがヒット狙いとは無関係に制作された曲が多く、バンドメンバー達の元々の嗜好が出たブルースやジャズをまんまやっているものもあって、それはそれで面白い。
で、そういった演奏だけでは個性の薄いものになりかねないのですが、やはりJBが参加している曲では変な勢いがあります。特にオルガンを弾くとこれが全くデタラメというか、すべてぶち壊しというか。いや~ファンキーだ。

JB's 前史を手っ取り早く理解するには最適なセットかも。

2009-06-13

T.S.U. Toronados / One Flight Too Many


"Hi everybody, I'm Archie Bell of the Drells from Houston, Texas"
アーチー・ベル&ドレルズの "Tighten Up" はそう熱心なソウルファンでなくとも知ってるかもしれない、非常に中毒性の強いリフをもつファンキーな曲だ。でも、そういう種類のものを期待して彼らのCDを買ってしまうと、ちょっと裏切られた気になるかも。"Tighten Up" はもともとテキサスのマイナーレーベルから出てローカルヒットしていたものを、アトランティックが買い上げて配給したところ、全米大ヒットに繋がったという経緯がある。で、以降ドレルズのレコードはフィラデルフィアで制作されるようになっていくのだ。僕の持っているアーチー・ベル&ドレルズのベスト盤はライノから出たものであるけれど、"Tighten Up" 以外はもろのフィリーソウルばかりであり、面食らったものだ(出来はすばらしいのだが)。

さて、その "Tighten Up" のバックで演奏していたのが、T.S.U. トルネードズというテキサスのファンクバンドである。この「One Flight Too Many」というCDは彼らが1968~69年に残したシングルおよび未発表曲を詰め込んだもの。
とにかくリズムの太さが気持ち良い。"Tighten Up" という曲の魅力はしなやかな弾力性にもあったと思うのだけれど、こちらはもっと、いなたくてゴツゴツしているかな(まあ、まんま "Tighten Up" という曲もあるんだけど)。ホーンセクションも力強くてキマっている。"In The Midnight Hour" や "It's Your Thing" のカバーも独自色をだしつつ格好良い仕上がり。 また、ヴォーカル入りのファンクはJB似だったりスライ似だったりするのだが聞き劣りするものではなく、なかなかのもの。
さらには、スウィート仕立てのメロウな唄モノも演っていて、こちらも意外に出来がいい。ここら辺、演奏力だけでなくセンスもあった、という証明だと思う。ただ、熱唱しているバラードだけはあんまり良くない。臭すぎる。聴かせる、というほどには歌は上手くないというのがバレてしまう。

ま、とにかく "Tighten Up" にやられてしまったひとは勿論、ラフで骨太のファンクが好みなら必聴の一枚でしょう。往時のローカルなファンクバンドの実力、恐るべしであります。
しかし、本当をいえば "Tighten Up" はジェイムズ・ブラウン・バンドのライヴヴァージョンの方が好きなのだが。

2009-06-09

Jill Sobule / California Years

 
随分と久しぶりになるジル・ソビュールのアルバムは、ファンからの寄付を募って制作され自己レーベルからのリリース、という話を聞いていたので、地味あるいはチープなものなのかな、と思っていたんだけれど。
いざクレジットを見ると、プロデュースはドン・ウォズ、ドラムを叩いてるのはジム・ケルトナー! ペダル・スティールにはグレッグ・リーズが、でもってトム・ペティのところのオルガン弾きなんかも参加、ついでにマスタリングはテッド・ジャンセンときたもんだ。なんだよ、今までで一番豪華(というには渋過ぎるか)な布陣じゃあないの。

そういった頼りになるプロフェッショナルたちが参加したせいなのか、「California Years」は彼女のものとしてはかなりすっきりとして、ツボをわきまえたサウンドになっていると思います。
今までのアルバムはやたらセンスの良さを感じさせ、才気あふれるアイディアが盛り込まれたものであったのだけど、それがかえってリスナーを選んでしまう原因にもなっていたという気がするのだな。
今作ではアコースティックギターと唄があくまで軸であって、タイトな演奏がそれをバックアップという、いってみればオルタナカントリーポップな仕上がりで、かなり取っ付きやすくなっているね。下品に歪むギターが暴れる場面やシンセの使用も今回は控えめ。しみじみ要素が増量です。

楽曲の面では相変わらず、メロディメーカーとしてもストーリーテラーとしても冴えまくり。アルバムタイトルが示すように、ジル自身がカリフォルニアに移住してからの生活がテーマのひとつになっているようで。
その一曲目のタイトルが "Palm Springs"。なんだか素晴らしい場所を夢見て、いざ着いてみたらモーテルはウェブサイトで見たのとは違って、混んでるうえに年寄りばっかり、バー・バンドは「リロイ・ブラウンは悪い奴」を演ってるし。
   野生の馬 円を描く鷹 グラム・パーソンズ インスピレーション
   でっかいサボテンに コヨーテ
   わたしの世界が変わる そんな何かが起こるはず
というリフレインが皮肉と希望の両方をはらみ、絶品。ランディ・ニューマン的でもあるか。

もともとジルは過去のポップカルチャーにまつわる固有名詞やフレーズを持ち込むことが多いのだが、"San Francisco" という曲では「サンフランシスコに行ってみたいの、髪に花を挿して」と唄われ、フラワー・ポット・メンやらスコット・マッケンジーのヒット曲を連想させるし、"League Of Failures" ではニール・ヤングのそのものずばり、"I've been a miner for a heart of gold" という歌詞が顔を出す。で、"Palm Springs" でもそうなのだが、それらフレーズは特定の時代やシーンを想起させながら、同時に現代との落差を表現する文脈で使われる。これがうまいんだ。

けれど、そういった批評性を持ち込まないものも今作にはあって。純粋にオマージュとも言える曲が "Where Is Bobbie Gentry"。ちょっと粘るリズムに乗せて、ポップの先人に対する憧れを唄う。ビリー・ジョーうんぬん、という歌詞が出てこないのも単なるノヴェルティにはしないという愛情を感じさせるものだ。アルバム中でも、この曲は一番キレがいいポップソングになってると思う。
しかしボビー・ジェントリーというセレクトも微妙にセンスを感じさせるものだよなあ。

2009-06-07

Bob Dylan / Blonde On Blonde


ディランの「Blonde On Blonde」、1966年にこのアルバムがどれだけ尖がっていたのか想像するのは僕には難しい。
現在の僕にとっては、もの凄く心地良く聴いていられるグッドタイムミュージックなのだな。
フォークロック、エレクトリックブルース、ヴォードヴィルめいたアレンジのもの、どの曲もリラックスして向かい合えるし、アルバム通しでも聴ける。
いくつかのラヴソングを除くと、歌詞の意味はさっぱり判らんのだが。

スタジオのエンジニアが優秀だった、というのがあるだろう。
太い中低音が気持ちいいし、楽器が多目に入っている曲でも、空間が開いているような感じで、聴き疲れしない。

でもって、シンプルながらニュアンス豊かなリズム、これがあるから時間が長めの曲でも単調にならずにいられる。
"Memphis Blues Again" なんか聴いてると、いいグルーヴがあればいくらでも歌は続いていける、そんな感じがする。
演奏がしっかりしているから、ディランの唄も肩の力の抜けた、生き生きしたものになっているんだろう。単にレイドバックしているわけではないのだな。
当時のニュー・ヨークのスタジオに比べ、ナッシュヴィルはどれだけ進んでいたのだろうか。

最近、特に好きなのが "Temporary Like Achilles"。
ピッキングはきれいだし、ああ、ブラシのプレイというのも気持ちいいなあ、なんて。

2009-06-06

Herbie Goins & The Nightimers / No.1 In Your Heart


在英の黒人シンガー、ハービー・ゴーインズが1967年、パーロフォンからリリースしたアルバム。
ボーナストラック10曲入り。ブックレットにはハービーのインタビューも。

プロデュースを手掛けたのはビートルズやピンク・フロイドのエンジニアとして知られるノーマン・スミス。彼によって選ばれた曲はポップ寄りのものも多く、元々ブルースやソウルを歌っていたハービー・ゴーインズとしては最初のうちは、違うんじゃないの、という意識があったそうだ。けれど、アルバムとして残されたのは躍動感溢れるダンスナンバーと聴かせるR&B満載のものであります。

バックの音はモータウンやスタックスをお手本にしつつリズムを強調したような印象で、とくにベースの太さが良いですね。そこに乗っかるハービーのボーカルといえば柔軟さと強さを兼ね備え、緩急をわきまえた素晴らしい出来。派手にシャウトを連発するタイプではなく、むしろ落ち着きを感じさせる太い歌いまわしで聴かせるので、かえってコマーシャルなアレンジの曲でも古びていないのではないでしょうか。

モッズ周辺ではアルバムタイトル曲が有名ですが、JBのカバー "I Don't Mind" のブルージーな解釈、モータウンナンバーでの硬派な仕上がりが個人的には気に入っています。

2009-05-31

Linda Jones / The Greatest Hits


リンダ・ジョーンズというのは1963年から’72年まで活動したニュー・ジャージーのレディ・ソウル。このCD、タイトルはベスト盤のようであるけれど、1967年にリリースされたファーストアルバム「Hypnotized」全曲にシングルオンリーの9曲、未発表1曲を加えた'60年代音源集、であります。
しかし、アマゾンのレヴューでも書かれているのだけれど、このCDはクレジットされているのと実際に入っている曲順がまるっきり別になっていて、困るね。本来、アルバム・シングル・未発表の順に並べられているべきものが出鱈目になっているので、プログラミングするかCD-Rに焼きなおして聴かなくてはならないのだな。

制作がニュー・ジャージーのスウィート王、ジョージ・カーとあってバックの音は甘さを漂わせたものになっているのだが、このリンダ・ジョーンズというひとはゴスペル仕込みで、どの曲でも全力をぶつけてくるスタイルであって、特にスロウでは迫力満点ですね。曲によっては甘いバックにディープなボーカルの取り合わせがトゥーマッチな気もするのだが、うまくいっているときはボーカルの力強さが引き立っていて、やはりそのうちでも代表曲 "Hypnotized" は、ゴージャスなアレンジとディープさのバランスが魅力です。
とにかく張りがあって出し惜しみないボーカルが凄いのだけれど、アップでの乗りも上々。所謂ノーザンの曲はおおむねモータウンを意識したつくりでありますが、いずれも格好よく、"A Last Minute Miracle" という曲などは’60年代ポップス特有の非常に凝った展開ながら、決して軽くならないまま唄いこなしているのを聴くと単純に、上手いねえ、と。

とてもポップな音つくりなのですが、未発表まで全曲手抜きなしのソウルフルなボーカルなので、聴くひとは選ぶかも。濃ゆいです。

2009-05-29

waxpoetics JAPAN 04


僕が現在、唯一購読している雑誌なのだけれど、田舎住いの身とあって本屋にこの雑誌が置いていないので立ち読みができない、というのが理由だったりする。
実際、僕が興味があるのは古いソウルやジャズの記事なのであって、あと、アナログ盤についての文章は読み物として面白いかな。で、それだけだと全体の半分くらいのものである。1,200円払って、正直勿体無いとは思う。
ただ、この薄い本に細かい字でもって記事が詰め込まれているのを見ると、頑張ってるなあ、もうちょっと付き合ってみるか、という気もする。

さて、今号からアマゾンでの予約注文が可能になっていたので、今回は発売すぐで入手できた。
表紙・特集はリー・ペリー。
個人的な読みどころはジャボ・スタークスのインタビューと前号からの続きのワッツタックス。

まだ、全体にはざっとしか目を通していないのだけれど、印象深かったのはスノウボーイのコメント。
「ノーザン・ソウルはほぼ完全に白人だけの、レトロ趣味なムーヴメントだったんだ。つまり、ノーザン・ソウルが始まったのは70年代だったが、彼らは60年代の音楽で踊っていた。それは今も変わっていない。そして黒人の客は、全くと言っていいほどレトロな音楽には興味を持たなかった。彼らはリアルタイムの、新しい音楽で踊ることを好んだんだ」
漠然と知ってはいたことだけれど、改めて現場のひとの言葉で聞くと、ああやっぱり、と思うよね。

2009-05-25

Inflight Entertainment


小西康陽の書いた「マーシャル・マクルーハン広告代理店。ディスクガイド200枚。」は明日発売なのかな。レディメイドのウェブサイトに連載されていたのを見ていて、随分とアダルトというか落ち着いた趣味だよなあ、という感じがして、正直、今の自分には参考にはならないか、とも思ったが。まあ、小西氏も50歳くらいになるので、プライヴェートで聴くものとしては年齢相応のセレクションなのだろうな。これが10年以上前に企画されていたならもっとキャッチーな、いかにもネタ満載、といったレコードが取り上げられていたのだろうか。

「Inflight Entertainment」は1996年に、ロンドンのDJであるカーミンスキー兄弟が編集したラウンジミュージックのコンピレーション。ブックレットにはスペシャルサンクスか何かだろう “Pizzicato Five” の名前も。

90年代半ばにレトロ=フューチャー、なんて視点でイージーリスニングやラウンジ、モンド系の音楽がちょっとしたブームになっていた頃(エレベーターミュージック、なんて呼び名もあったね)、当時は外資系のレコード屋に凄く勢いがあったのだけれど、店の結構目立つ位置でこの「Inflight ~」や「Sound Gallery」、「Re-Search」なんていうコンピ盤が幅を利かせていたのを思い出す。

で、この「Inflight ~」なのだけれど、久しぶりに聴いたんだが2009年の今も全然古くないです、さすが。勿論、そんなシリアスに聞き込んでいるわけではないですが、歌物とインストが混在しているのに、まったく違和感なしに気持ちよく流していられる。どことなくユーモラスな曲が多い、というのもいい。うっかりと、架空のヨーロッパの豊かさ、なんてものを夢想させられたりするほど。でもって、どの曲もリズムがはっきりしているのがDJ仕様、ということなのでしょうか。

コンピレーション盤を聴く、という行為には未知のミュージシャンとの出会いを求める、という側面もあるよね。気に入った曲があったら、その作者のものを他に色々と漁ってみるという。けれども、僕個人としてイージーリスニングの場合だと、そこまではいかないかな。ポール・モーリア単独のアルバムを聴いてみたいと思わないし。僕も50歳になったら、また趣味が変わってるかもしれないけれど(あるいは64歳になったら)。

そういえば、小西康陽によれば「レイ・コニフには100曲に1曲、いい曲がある」らしい。

凄い話だ。レアグルーヴの陰には膨大なハズレが存在する。まさしく修羅の道である。

2009-05-23

Spanky & Our Gang / The Complete Mercury Recordings


米Hip-o Select より2005年に出たスパンキー&アワー・ギャングの4枚組セット。
3枚のスタジオアルバムにグレイテスト・ヒッツ、ライブ盤の公式アルバムに加え、未発表曲やモノ・シングル・ミックスを収録した、現時点でこれ以上はないものです。

スパギャンのデビューアルバム「Spanky and Our Gang」は1967年リリース。トップテンシングルである "Sunday Will Never Be The Same" を収録。プロデュースはジェリー・ロス。この頃は4人組だった彼らの、リードボーカル+クロースハーモニーのスタイル、もしくは「パパパパ」コーラスが楽しめ、全体に明快でハッピーなポップソング集に仕上がっております。スパギャンというとスパンキー・マクファーレンの存在だけがクロースアップされますが、温かみある男声ボーカルも素晴らしい。"Distance" という曲など哀愁溢れるいい仕上がりであります。
このアルバム、あえて欠点を挙げるなら、男性コーラスが中低音に集まっているためか、オーケストラが入っている曲になるとべったりと厚く、抜けが悪いような瞬間があり、今聴くと少し時代を感じる、ということかしら。
そんな中、収録曲のうち2曲のアレンジを担当したボブ・ドロウとスチュワート・シャーフの仕事が光っています。カラフルで過不足なく配された演奏にコーラスの生き生きとした表情が映える、風通しのいいサウンドです。

そのせいかどうか、セカンドアルバム「Like To Get To Know You」(1968年リリース)からはプロデュースをドロウとシャーフが担当しています。ハッピーなだけでなく陰影に富み、ジャジーな面も見られるようになり、音楽的な幅が増したように思えます。アルバム全体としての流れも意識され、細部に凝られたつくりに。
また、スパギャン自体もメンバーが6人と増え、コーラスの音域は広がり、より美しく複雑な絡みが展開されるようになります。
一枚目と比べサウンドがシャープになり洗練の度が増したようで、サンシャインポップの傑作といって間違いないでしょうね、このアルバムは。そして、いい曲、アイディアがずらりと揃っています。ベストトラックはマーゴ・ガーヤンの書いた "Sunday Morning" かスチュワート・シャーフによるタイトル曲あたりが幻想的かつきらびやかで、唸ってしまう完成度でありますが、その他にもフレッド・ニール作の "Echoes (Everybody Talkin’)" のアレンジなど、ちょっと思いつかないんじゃないか、という感じで。

翌年にリリースされた3枚目の「Anything You Choose b/w Without Rhyme Or Reason」も前作の流れを汲みながら、さらにドラマチックでスケールの大きな音像になっていて、けれども大仰になりすぎてはいないのが、さすがドロウ&シャーフのセンス、といったところでしょうか。プロデュースだけでなく収録曲もこの2人の手によるものが半数を占めているのに注目。
また、タイトルがまるでシングル盤のようですが、このアルバムはそれぞれの収録曲間がシームレスに繋がっており、アナログ盤でのそれぞれの面が大きな一曲である、ということを示しているのでしょう。ちなみにアナログではそれぞれの面がサイドAとサイド1になっていて、いわば両A面であったようで、このCDセットではサイドAの "Anything You Choose" から始まっていますが、単独でこのアルバムがCD化されたときはサイド1の "Leopard Skin Phones" が一曲目になっていました。
全体にリズムが前に出てロック的なエッジを強めつつ、トータルアルバムとして精巧に組み立てられた面もあり、堂々たるポップアルバムとして前作と甲乙付けがたい出来だと思います。


2009-05-18

Jay & The Techniques / Baby Make Your Own Sweet Music


本日到着したCD、英rpmによるジェイ&ザ・テクニクスの編集盤です。
1960年代後半、彼らはアルバムを2枚出していたらしいが、CDとしてはもう10年以上前かな、ファーストとベストが1枚出たきりだったはず。
僕は前のベスト盤も持っているのだけれど、そっちは20曲入りで今はちょっと手に入れにくくなってるんじゃないかな。今回のCDは28曲入りとなってます。

このCDの裏側には「フィリー・ソウルとモータウン・ビートのブレンド」なんて書かれていますが、早い話がバブルガム・ソウル。フォー・トップスあたりをベースにしながら、もっと垢抜けたような軽快な感じで、ノーザン・ソウルとして聴ける曲も無いではない、といったところ。
むしろ、ここ日本では彼らの存在はソフトロック関連で取り上げられて、広く知られるようになったのでは。

ジェイ&ザ・テクニクスのレコードの制作はボビー・ヘブやスパンキー&アワ・ギャングの仕事で知られる、ジェリー・ロスが手掛けていました。ロスの持ち味はソウル風味のポップス、あるいはシュガー・コーティングされたノーザン、といったところでしょうか。プロデューサーとしてはケニー・ギャンブル&リオン・ハフの師匠のような存在だったそうで、そう知るとなるほど、彼の関わった曲は今聞いても洒落たセンスが感じられるかな。
"Hurtin' Myself" という曲なんか、後のスタカンの有名曲を思わせますよ。

黒人が歌ってると思わずに、ブルー・アイド・ソウルと思い込んで聴けば凄くいい出来栄えなんだよねえ。

2009-05-17

はじめに。

Googleリーダーをいじってみたついでに、 勢いで作ってみた。

ミクシイは写真のサイズが限られてるしね。
デジカメちゃんにも、ちょっとは活躍の場を与えてあげたい。

どうでもいいことを文章短めで書きなぐっていく予定。