2009-11-15

マルセル・F・ラントーム「騙し絵」


1946年発表、フランス産本格ミステリ。作者は英米の探偵小説を読み漁り、その影響下でこの作品をものしたそうであります。実際、これでもか、というくらいにアイディアが詰め込まれていて、その密度が凄い。「読者への挑戦」まで用意されてるんですから堪えられません。

ポール・アルテより濃いですよ、こりゃあ。


複数の警官がつきっきりで見張っている状態で、ダイヤモンドが偽物にすり替えられるという、かなりの不可能犯罪が起こるのですが、その他にも監視下における消失事件などが用意されております。


基本はガチガチの謎解きミステリながら、さらにサスペンスを演出する場面など色々盛り込みすぎるあまり、小説としてのバランスはあんまり良くないかな。なんか、ごたごたしてる感じ。

ただ、語り口は軽やかかつユーモラスで、全体にすいすい読めてしまうのはいいですね。

また、作中にミステリ小説というジャンルに対する自己言及的なやりとりも ありますが、これもアントニィ・バークリイのような批評性から来るものではなく、純粋にアマチュアリズムから出ているもののようで微笑ましいです。


解決部分は複数の人物が自説を開陳していく、という流れのもので、それまで目立たない端役のようなキャラクターまでが結構鋭い推理を展開していきます。ここら辺、にやにやしてしまう趣向ですし、レベルも高いです。

でもって、メインのトリックが豪快で。かつての日本新本格のような、実現可能性はどうだろう、というような手の込んだもの。強力な謎に対して充分応えるだけの大技であります。


探偵小説ファンなら読んで損は無いですね。300ページほどの本ですが、満腹。

2009-11-08

アントニイ・バークリー「ジャンピング・ジェニイ」

「ぼくにはまるで探偵小説みたいに思えるな。ほら、殺人者が自分から名探偵のもとに駆けこんで、事件を引き受けてほしいと頼むようなやつさ。結局、そいつが殺人犯であり、同時に底なしの間抜けでもあることを証明するだけなんだけどね」(203ページ)

昔、国書刊行会から出たものの文庫化で、僕も再読なのですが、バークリイの作品は筋が込み入ってるものが多いので、この作品も細かいところは忘れていました。

『ジャンピング・ジェニイ』は探偵役が奮闘する様が道化にしか見えないという、ジャンルに対する皮肉な視点がこの作者ならでは。特に、ある被疑者にかけた容疑がそのまま探偵自身にも当てはまってしまう展開など、すれたファンでも悶絶ものであります。

ミステリの構成的に見ると多重解決、ということになりますか。結末は予想もしていない驚きもので、流石、と言いたいところなのですが、充分な伏線も無く唐突に出されるものであり、説得力がない。後付っぽいこのやり方ならいくらでも出来るじゃない、とも思ってしまいます。従来のミステリに対する批評性だけが突出してしまったような印象。

10年くらい前、バークリイの未訳作品が次々と紹介され始めたときのミステリファンの反響は、そりゃあ大したものでした。個人的にも英国探偵小説の隠れた大物として、この作家のセンスはクリスチアナ・ブランドあたりと同等なんじゃないか、なんて思っていたものです。
しかし最近では、それはちょっと違うのかな、このひとは本格ミステリのコアな作家ではないのかな、という風に考えています。抜群のテクニックと新しいコンセプトを持ち合わせていたのは確かですが、技巧に溺れるあまりミステリ本来の面白さを犠牲にしているような感があるのです。結局、やりたいことが違うのだ、と。
ミステリファンとしては、あんまり読者を見くびるなよ、と言っておきたいところ。

とは言っても、読んでいる間は滅茶苦茶面白かったのですが。今月末に出る『毒入りチョコレート事件』の再刊も買ってしまうでしょう。本当に面倒臭い作家ではあります。