2010-10-31

Mitch Ryder & The Detroit Wheels / Detroit Breakout !


ミッチ・ライダー&ザ・デトロイト・ウィールズが1965~68年にNew Voiceレーベルに残した録音をまとめた、50曲入りの二枚組コンピレーションCD。

このバンド、レパートリーの殆どが黒人R&Bのカバーであって、そういう点ではイギリスのバンドがやっていたことの後追いなのだが、とにかく演奏に迫力があって、しかもかなり上手い。荒々しさを演出しながらもコマーシャルである点は外しておらず、ここらはプロデューサーであるボブ・クルーの力なのだろう。バンドのパワフルな演奏が削がれることなく、しっかり録音されているという点も大きいです。あるべき姿がクリアだったのだな。
ミッチ・ライダーのボーカルは勿論、格好いいのだけれど、そのしゃがれ声は色気の方が勝っているような気がします。決して勢いだけじゃない。

どの曲もノリが良く、気分良くかけていられますが、やはり代表曲の "Jenny Take A Ride" と "Devil With The Blue Dress On/ Good Golly Miss Molly" が気持ちいい。聴いていると否応無しに体が揺れてきますよ。
最高のパーティバンドですな。

このCDには、ライダーがバンドから独立した後のソロ曲も収められているんだけど、バンド時代のスタイルを継承したものもあれば、オーケストラをバックに歌い上げているバラードもあったり。時代的にもプリミティヴなスタイルで売っていくのが難しくなってきたのか、やってることは基本的に同じでもアレンジにやや華美なところが感じられたりしますし、二番煎じめいた面もあって、初期と比べるとややテンションが緩いのは仕方ないところか。

芸術的野心なく、刹那の快楽だけを追い求めたロックンロール。あんまりややこしいことを考えずに気楽に聴いてられる、というのがいいですな。

2010-10-26

麻耶雄嵩「隻眼の少女」


作者五年ぶりくらいの長編新刊、本書は二部構成よりなる。第一部は1995年、信州の寒村を舞台に横溝風の見立てを含んだ連続殺人が起こる。探偵役は隻眼で時代錯誤な水干姿の少女、御陵みかげ17歳という、まあ、なんと言ったらいいのか、アレだよなあ、というキャラクター設定。でも文体はシリアス、という。
紆余曲折の挙句に犯人は判明したのだが、第二部、18年後の2003年になって同じ場所で同じ手口の犯行が。

ひたすら展開されまくる推理は非常に精緻であり、好みなのだが、偽の手掛かりを絡めた多重どんでん返しはどうしても印象が薄くなってしまいがち。
これまで長編では読者のアタマをカチ割るような大トリックを披露してきた麻耶雄嵩ではあるけど、ここ最近の短編で見られるように、この作品はミステリとしてはオーソドックスだよな。年齢を重ねて芸風も変わってきたのか。
でもいいか、謎解きの手筋は美しいし、密度も高い。

などと思いながら読み進めていくと、終盤、ナニコレ!? となりました。
フェアでロジカルでありながら、突然あさっての方向から出現する真相。関係者置いてけぼり。更に、ミステリとしての構造そのものが実はとてもハードルが高く、挑戦的であることが判明するという。(*)
いやはや、これも麻耶雄嵩でしか書けないだろう。素晴らしい。
期待にたがわぬ作品でありました。

2010-10-09

John Lennon & Yoko Ono / Double Fantasy – Stripped Down


ジョン・レノン古希記念か何かの11枚組ボックスセット、数日前に入手したのだけれど、まだ開封もしていない。今月は忙しいので、腰を据えて聴き込めるのは来月以降になりそうであります。まあ、誕生日や命日でなくても聴ければよいので。
で、代わりといってはなんだが、聴いているのが今回同時発売されたものの、ボックスには未収録である「Double Fantasy」の新ミックス。

実はそもそも「Double Fantasy」というアルバムはそんなに好きというわけではないのだな。要はジョンと小野洋子の曲が交互に入っていると、どうも落ち着かない。といってもヨーコの曲が駄目、というわけではなくて。実際、出自がポップソングのひとではない、ということを忘れるほど出来はいいと思う。ジョンとヨーコでは声の質感が違いすぎるような気がするのですな。アルバム最後にヨーコの曲が2つ続くところは、聴いていてもいいな、と思うのであります。

今回の新ミックス、ストリップト・ダウン・ヴァージョン、なんていってますが。ボーカルが際立つようにシンプル目のバンドサウンドになっております。曲によっては、まるでデモテープのようですが。エンディングが長かったり、曲前にジョンお喋りが入っていたりと、生々しさを残すような意図があるのでしょうか。
まあ演奏・歌そのものは同じなわけで、やはりマニア向けの商売という気もします。

とはいえ、従来、やけにロマンチックなアレンジであった "Woman" が今回、素うどんのようなあっさりな仕上がりになって、これなんか悪くないな。

2010-10-04

エラリー・クイーン「Yの悲劇」


角川文庫からのドルリー・レーンもの新訳、第二作。
『Xの悲劇』の新訳が出たときには、既訳もたくさんある作品だし、一年くらいでシリーズの残り三作もすべて出るんじゃないかな、なんて期待していたのですが、なかなか二作目の『Y』が出ない。一時はもしかして、もう出ないんではという気もしていましたが、一年半以上してやっと出ました。「翻訳ミステリ大賞シンジケート」によれば「新訳『Zの悲劇』は来年3月ごろ、『最後の事件』(正式タイトル未定)は来年9月ごろに刊行される予定である」そうなので、気長に待つつもりです。

さて、『Yの悲劇』であります。これも創元、早川、新潮その他の文庫で何度読んだかは判らないくらいの古典です。当然、どういうお話・トリック・犯人かは知っているわけで。そうすると、物語に没入するよりは、ミステリとしてどのように組み立てられているか、なんてところやディテールの方に気が行ってしまいますな。

ルイーザ・キャンピオンの設定はどうだろう。ひとつ違えば、最大の容疑者なのだが。目が見えず、耳も聞こえない証人というのは、これ自体がひとつの大きな創意ではないか。
そして、とことんまで捻れた異様な真相は、しかし、机上のリアリティを維持するぎりぎりの線で踏みとどまっているようでもある。これを越えてしまうと、解決編における犯罪者の心理についての説得力が全て失われてしまう、そんな境界内に。
個人的にはロジックの整った『Xの悲劇』のほうが好きなのだけれど、『Y』は評価云々を超えた特異な作品ではないか、という認識を新たにしましたよ。

重苦しい話ではありますが、ドラマ部分が意外なくらいすっきりしているのも美点です。
最初のほうで異常者だらけのハッター家の面々が紹介されますが、ここなど現代の日本の推理作家にかかったら100ページほど割いて、ねちっこい描写をするんではないでしょうかね。