2011-12-29

Paige Claire / Paige Claire (eponynous title)


ペイジ・クレアという女性シンガーが1970年頃、米MGMからリリースしたおそらく唯一のアルバム。
プロデュースは当時ブレイディ・バンチでヒットを飛ばしていたジャッキー・ミルズ、アレンジにはアル・キャプスの名前も。

主役であるクレア嬢のボーカルはウィスパーボイス混じりの可愛いもので。ちょっとバックの演奏に対して粘るような唄いまわしが上手く嵌っていて、魅力的であります。このタイプのシンガーとしては意外にも(と言ったら失礼か)リズム強めのアップから穏やかなスロウまで無難にこなしていますし、歌い上げるような曲も違和感無く収まっています。

音の方は、柔らかな管弦を控えめに配したMORポップスといったところ。
取り上げている題材の過半数は制作当時のヒット曲のカバーなのですが、どれもソフトサウンディングな仕上がり。比較的古い曲であるシェルビー・フリントの "I Will Love You" もフルートやチェレスタを効かせ、洒落た感じに生まれ変わっていて、良いです。
また、LAの売れっ子セッション・シンガーでラヴ・ジェネレイションのメンバーでもあったトム・ベイラーが三曲を書いていて。中でも "I'm Too Shy" という曲は乗りの良いサンシャインポップ風で、流石の仕上がり。

なお、ジャケット裏には「Special Thanks to Jackie Ward for all her help」の文字がありまして。ベテランのセッション・シンガー、ジャッキー・ウォード("Wonderful Summer" のロビン・ウォード)から歌唱について何らかのアドバイスがあったのかもしれませんね。トム・ベイラーの曲があるのも、彼がウォードの仕事仲間であったからでは。

クロウディーン・ロンジェやマーゴ・ガーヤンよりそつがなく、馴染み易い(それは個性の弱さ、ということでもありますが)。
温かみがあって、落ち着いて楽しめる一枚です。

2011-12-18

ジャック・カーリイ「ブラッド・ブラザー」


さあて、四作目まできたぞ。
舞台はアメリカ南部アラバマを離れ、大都会ニューヨークへ。その地で、これまでのシリーズでお馴染みのキャラクターのひとりが惨殺される。被害者は生前に自分自身を撮ったビデオの中で、カーソン・ライダー刑事を呼ぶ事を要請していたのであった。
NYに引っ張ってこられたライダーは、地元の警官たちに敵視されながらも捜査に加わる事に。そうして浮かび上がった容疑者はライダーの兄であり常人離れした頭脳を持つ殺人鬼、ジェレミー・リッジクリフ。
施設を抜け出した彼が、NYを舞台に暴れまわる。

デビュー時を考えると、ミステリとして本当に巧くなっていますね。
プロットは緊密。頭からケツまで無駄がなく、キャラクターの色付けのように見える些細なエピソードまでが必然を持って置かれていて。
また、ミスリードにはミステリを読み込んできたファンこそが迷ってしまうような微妙なものもあって、嬉しいところ。
一方で、意外性の演出には今までの作品と通じるパターンが目に付いて(特に前作『毒蛇の園』ね)、展開が見えるところもありましたが。

ジェレミーがどうして施設から出られたかという理由は、大まかになら早い段階で見当が付くもの。けれど作品後半、その詳細が明らかにされることで物語が大きく変質していく。ここらがこの作家の巧いところだよな。
ある程度読者の先読みを許しながら、それを上回っていく芸当は本当にお見事。

作品全体に張り巡らされた伏線もたまらない。
翻弄されたまま予想外のところに連れて行かれる、あっと言う間の400ページでありました。

2011-12-12

法月綸太郎「キングを探せ」


法月綸太郎、五年ぶりの長編は交換殺人もの。

序盤は犯人側の描写で占められます。それぞれに殺したい相手がいる四人の男が結託し、交換殺人を計画。トランプのカード四枚を標的になぞらえ、それを引くことによって、殺人の分担が決められる。
『キングを探せ』という題名は被害者探し、という趣向を示しているのか。

一方では、法月警視が自殺に偽装された殺人事件を担当することに。綸太郎とのディスカッションの中で鉄壁のアリバイを持つ容疑者に対し、共犯者の可能性が挙げられますが、なかなか事件の目鼻が付かない。

犯人たちには万全に思えた計画であったのだが、やがて大きなアクシデントが起こる。これにより複数の事件の関連が明るみに出、五里霧中であった捜査が一気に動き出す。少し綸太郎の勘が良すぎるように思うけれど、とにかく交換殺人という画が浮かんでくる。そうして、まだ他に関連した殺人があるのでは、というところまで辿り着きます。

半ばまでは読んでいても、捻った設定はともかく、倒叙としての面があってネタが割れているせいか、推理によってもたらされる意外性はちょい物足りない、と感じたのが正直なところ。

終盤に入り、警察及び犯人側双方が互いの手の内を知るに至って、相手の裏を掻くべく知恵比べが始まります。刑を軽くしようと奇策を打ち出す犯人と、付け入る隙を見出そうとする法月親子。ここから俄然面白くなってくる。

仕掛けられている大きな錯誤については、注意深く読んでいればある程度まで気付くのだけれど、それでも255ページを見た瞬間「?」となった。トラップを見抜いたつもりでいる事で引っ掛かる別のトラップ。事件の構造がひとつズレるのだ。
スマート!

しつこいロジックこそありませんが、形の美しい本格。アメリカの現代ミステリを意識した節も感じられる一作でありました。

2011-12-11

The J.B.'s & Fred Wesley / The Lost Album featuring Watermelon Man


JB'sのバンドリーダーであったフレッド・ウェズリー。彼が1972年に制作しながらもお蔵入りになっていたアルバムがHip-o Selectよりリリースされました。
タイトルになっているハービー・ハンコックの "Watermelon Man" のファンキーなカバーは以前から聴いていて格好いいな、と思っていたので期待したのだけれど。

うーん、ジャズですね、品のいい。ファンクじゃなかった。名義にはJB'sと入っていますが、1曲目の "Watermelon Man" を除けばフレッド以外はすべてNYのセッションミュージシャンによる演奏で、乗りが全然違います。
なお、アレンジはJB'sのデイヴ・マシューズが担当。ジェイムズ・ブラウンはプロデューサーとしてクレジットされてはいるけれど、"Watermelon Man" 以外の曲ではレコーディング・セッションには立ち会っていなかったそうであります。

2曲目から5曲目までは、耳当たりは良いけれどスリルに欠ける曲が続いて、いやはや。何が悪いってわけじゃないけどさあ。
6曲目の "Transmograpfication" はJBのサントラ「Slaughter's Big Rip-Off」に収められていた曲のロング・ヴァージョンで、これは不穏な雰囲気があって、まあ聴けるかな。
アルバムの残り3曲はそこそこファンキー、ここに来てちょっと持ち直した、という感じ。

ボーナストラックはシングルでリリースされたものが4曲、そのうち "J.B. Shout" と "Funky & Some" がファンクといえるもの。"J.B. Shout" はJB'sのアンソロジーにも入っていたな。"Funky & Some" の方もソリッドな格好良さのあるもので、これには満足しましたよ。

ショップの大袈裟な宣伝文句に乗せられて買う人もいるかも知れませんが、これは熱心なファン向けのものだと思いますよ。
JB'sの名が付いて無かったら、もっと違う感じで受け止められたかも。

2011-12-10

The Monkees / Instant Replay


モンキーズの1969年のアルバム「Instant Replay」がライノ・ハンドメイドから三枚組仕様で出ました。
「Instant Replay」はピーター・トークが脱退、三人組になってからは初のアルバムで、サウンドトラック盤「Head」のリリースよりわずか二ヶ月後に発表されたものであります。
内容としてはメンバーそれぞれが制作した曲と、過去にレコーディングされたものの未発表であったものが半々で構成されています。この頃にはグループは既にキャリアの終盤に差し掛かかりつつあったのだけれど、そういった事情を気にしないで聴けば、ゴージャスなプロダクションによる、凄く良くできたアルバムで、「The Birds, The Bees and The Monkees」と比べても少しも落ちることがないと思います。
ソフトサウンディングな面が強調された佳曲が多いのだけれど、中でもキング&ゴフィン作の "I Won't Be The Same Without Her" なんてマイナーなソフトロックのグループ程度は軽く吹っ飛ばす出来。あと、異色なのがニール・ヤングの独特のギターが鳴り響く "You And I"。ロック色が強くて、格好いい。

パッケージを開くと7インチシングルが

紙ジャケットに収められたCD3枚にブックレット

紙ジャケットの裏はこんな感じ

ディスク1「Stereo Album And More」はステレオミックスによるアルバム本編と、当時制作され、後にさまざまな編集盤に収められていたレアトラックが中心で、28曲入り。
個人的には、マイケル・ネスミスが'68年にナッシュビルで行なったセッションが一箇所に纏められたのが嬉しい。ハリウッド制作のカントリーポップ "Nine Times Blue"、"Carlisle Wheeling" も併せて堪えられないのだけれど、既にソロの領域でもあるような。

ディスク2「Mono Mixes And Rarities」はモノミックス集で、こちらは29曲入り。「Instant Replay」はモノラルではリリースされていないので、アルバム収録曲全てのモノヴァージョンは揃っていないし、ボーカル違い、別アレンジのものも含まれていて、やや中途半端かな。それでも "A Man Without A Dream" はリズムが強調されていて、いい感じ。
その他、当時制作されながら未発表であったモノミックスが片っ端からかき集められているようです。中にはステレオとはかなり印象の違うものもあって、面白い。

ディスク3「Sessions」は収録30曲のうち19曲がバッキング・トラック・セッションで、ボーカルが無いものをこれだけ聴くと、ちょっと辛いか。
なお、TVショウ「33 1/3 Revolutions Per Monkee」で披露された曲のバッキングトラックも収められてるのですが、後半にはちゃんとボーカル入りのものも5曲あって、これは嬉しい驚き。

「Head」の三枚組はネタ切れ感が強かったけれど、今回の「Instant Replay」はちょっと持ち直したように思う。当然「The Monkees Present」も出るんだろうな、うん。

2011-12-05

アガサ・クリスティー「邪悪の家」


ポアロとヘイステイングズが保養地で出会った若い女性に、最近三度も命の危険にさらされた、という話を聞かされる。そしてまさにその最中、一発の銃弾が。殺人を未然に防ごうとするポアロであったが・・・。

エルキュール・ポアロものとしては六番目の長編。
事件はひとつしか起こらず、関係者は限られているが、みなアリバイは無い。現代から見ると、これで大丈夫なの? と思うほどあっさりした設定だけれど、こういったものでこそ推理作家としての技量がはっきりわかるのでは。

狙われる側の女性における、人間性の謎。そんなものでちゃんとミステリとしての盛り上がりを作ってしまうのだから、凄い。事件そのものに派手な要素がなくても、殊更に奇をてらうことなく興味をつなぐことは出来るのだな。

ある程度読みなれたひとなら直感的に犯人の見当は付くかもしれないし、大詰めの演出だってよくあるものだが、それゆえにクリスティならではの創意を味わうことができる。
解決部で次々に明らかにされる意味の反転は、本当にお見事。大胆な手掛かりが同時に、誤導としても機能していて、その無駄の無さときたら。
あと、容疑者リストのこの使い方はどうだろうか。

軽快な運びも好ましい。ウェルメイドの魅力、安定の一作。

2011-12-04

The Rolling Stones / Some Girls


二枚組のやつを買いました。
一枚目は「Some Girls」(1978年)本編だけど、これは二年前のリマスターと同じなのかな? ドンシャリで。コンプレッサーを強くかけたようなスネアの音はあんまり好きじゃないな。

二枚目のほうは当時のボツ曲に新たにオーバーダブをして完成させたもの。こちらは本編よりも自然な音の鳴りをしています。ミックスはボブ・クリアマウンテンの丁寧な仕事。ただ、昔の録音、という感じが無いのはいいのか悪いのか。猥雑さが足りないような。
ミックの今の声が混ざってるのが嫌だという意見もあるようで、まあ、確かにスロウではくどくてやらしい感じはします。
曲としてはラフでルーズなロックンロール、あとカントリーっぽいものが目立つ。「Some Girls」本編で見られたような攻撃性は薄くて、もっとリラックスした感じ。ワンアイディアで押し切ったようなものが多く、中にはつまんないのもあるよ、うん。
去年出た「Exile On Main St.」のときは本編も新規リマスターだったので、二枚目は豪華なオマケくらいに考えて納得していたんだけれど。今後、このレベルで色々出されたら、ちょっと考えてしまうな。


大昔に初めて「Some Girls」を聴いたときは、テンションの高いジャンプに圧倒された。 "Lies"、"Respectable" とか曲としては大したことないんだけれど、僕も若かったのでテンポの早い曲が大好きだった。今はじっくりとしたタイトル曲の方が良いと思う。
ギターをいっぱい重ねて厚みをつける、というのはここらからかな。それまではリズム×2、リード×1くらいだったのが、ちょっと聴きにはよくわからんくらい入れる、というやり方。ずっと聴いてるとちょっと飽きる。雑な感じがして。
それから "Miss You" なんて全然ディスコじゃないと思ったし、今でも思ってるよ、ゆるいファンクだよね、これは。

改めて聴き返してみるとパンク云々より、都会的なロックンロールとしての面が格好いい。
それでも "Before They Make Me Run" を聴くと、クラッシュのミック・ジョーンズを思い出すんだけれど。

2011-12-03

ジャック・カーリイ「毒蛇の園」


「いたるところにあるスピーカーからジェイムズ・ブラウンの声が流れ、火傷をした山猫のように激しい声で "ベイビー、ベイビー、ベイビー" とわなないていた」
"I Got The Feeling" だろうか。作中でラジオ局が重要な役割を果たしているせいか、これ以外にも音楽についての言及が目に付く。パーティ会場のバンド演奏、モンゴメリー室内管弦楽団、ロイ・オービソン、ブーツィ・コリンズ、オーディオセットやカーステレオで鳴らされるスウィングジャズ、そしてデューク・エリントンの "East St. Louis Toodle-Oo"。

カーソン・ライダー刑事を主人公とした三作めは、またしても猟奇的な殺人で始まる。ただ、今回は読者にとってははじめから犯人がはっきりしているように見える。施設から逃げ出してきたらしい全身毛むくじゃらの男、ルーカス。窃盗をしたかと思えば、ビジネスマンに扮してみたり、凶暴で知的、大胆不敵なこの男は一体何を目論んでいるのか?

いろんな要素がぶちこまれてごたついていた前二作と違い、すっきりとした警察小説といった印象で。強力な謎が引っ張るわけではないのだが、サスペンス的要素が濃く、場面転換もテンポが良いのでどんどんと読めてしまえる。
また、何もなさそうなところに埋め込まれている地雷のような仕掛けは今作でも健在であります。

伏線の置き方は、ここには手掛かりが隠れている、とはっきりと書かれているが読者にはそれが何を意味しているのかは判らない、というもの。そして、それが明らかにされたとき、これまで見せられていたものが違う意味を持ちはじめ、事件の様態そのものがねじれて行く。それが物証だけでなく人間性にまで及んでいるところが巧く、真相には前作『デス・コレクターズ』同様、ロス・マクドナルドあるいは後期クイーンが好んだ構図に近いものを感じました。

驚きを物語のヤマに据えていないせいか世評はそれほど高くないようなのですが、小説としてのこなれも良くなり、個人的にはこれまで読んだ三作のなかでは一番面白かった。ただ、謎解きが終わってから後の部分、お話の解決は相変わらず強引。
ハリーが格好いいな。