2012-02-29

長沢樹「消失グラデーション」


昨年の横溝正史ミステリ大賞受賞作。
高校を舞台にした青春ミステリですが、個人的にはどうもこの手のものはあまり得意ではない。
で、どんなもんかとおそるおそる取り掛かったんだが、確かにキャラクター設定はまるで少女漫画のようではあるけれど、内面の書き込みである程度のリアリティは確保されており、読み進めるにつれて馴染んでいくことができました。

探偵役は学校の生徒であって、警察には無断で動いているがゆえ客観的な捜査情報は断片的にしか与えられず、読者にとっては事件の全体像は見えにくい。こういうのってトラップのパターンなんだよなー。
ミステリとしての興味は学校内からの人間消失ということになりますが、実際のところそれは、がっちり検討してしまうと何となくの見当はついてしまうかも。
探偵役たちは消えた人物の周囲との関係を洗い出すことで、隠されていた問題を浮かび上がらせていく。

うまく書かれているとは思うけれど正直、既視感ある要素ばかりで構成された物語。それがラスト50ページぐらいの時点から全く意外な相貌を見せ始める。ありがちな小説、と見えていたものがとんでもなく変なものであったことが判るのだ。散りばめられた大胆な伏線には違和感を感じてはいたのだけれど、なるほど、これは相当に巧い。
ただ、そう言っておいて何だが。この仕掛けはミステリとしての芯に直結するものではなく、ドラマ部分をひっくり返すためのものであるような気がして、驚いたけれど、それがどうしたの? という印象も持ってしまった。

とはいえ、この作者の力量は大したものではありますね。とりあえず次も出たら読んでみたいな、と。

2012-02-19

Cullen Knight / Looking Up


フィラデルフィアで活動するトランペット奏者が、1978年にプライヴェート・レーベルから出した(今のところ)唯一のリーダー作。1975年と'77年のセッションを半々に収めたもので、内容はというと、これがクールながらとてもメロウなジャズファンク。

何といっても、アナログA面に当たる前半三曲が穏やかにして強烈で。
柔らかにうねるリズムに、甘く煌くエレピとそれに溶け合うようなギターの響き。そうした音の層の上で歌うトランペットは抑制されたエモーションを感じさせるもので、まるで血液が通っているようだ。
特に二曲目に置かれた "Once You Fall in Love" が素晴らしいグルーヴ、メロディ、質感でずっと浸っていたくなるよ。生理的に気持ちいい。
また、各楽器を真ん中寄りに定位させたミックスも、サウンド全体をひとつの塊として提示することを意図しているように思えます。

アルバム後半は、前半と比べるとややスクエアな乗りで、開放的な印象も受けます。管のアンサンブルが聴けるこちらも落ち着いたムードで悪くない。
ボーナストラックの一曲はラテン風かな、躍動感のある仕上がりでちょっと異色。

制作された時代的にはフュージョンに流れそうですが、そうならなかった節度が嬉しいです。
真夜中に聴くのが相応しい一枚なり。

2012-02-15

アガサ・クリスティー「エッジウェア卿の死」


「ポアロ一流の考え方からすれば、この事件は彼の失敗のひとつであった。彼を正しい解決に導いてくれたのは、いつに、街路ですれ違った通りすがりの人間の偶然のひと言だ、とポアロは必ず言うのである」

美貌の舞台女優ジェーン・ウィルキンスン、彼女は以前から夫であるエッジウェア卿との離婚を望んでおり、そのためには彼に死んでもらいたいとさえ言い放った。ジェーンから強引に離婚協議を引き受けさせられたポアロ。だが、その矢先にエッジウェア卿は自宅で刺殺される。そして、事件当夜の屋敷ではジェーンの姿が目撃されていた。

とてもオーソドックスなフーダニット。だが、使われているトリックはぬけぬけとして大胆なもの。それを補強するミスリードも巧妙で、特に叙述上のそれは注意深く読んでいる人間ほど引っ掛かり易いものだろう。そして、一箇所で躓くと後の全てが見えなくなってしまう効率の良さ。逆に言えば、その一点を押さえれば多数に及ぶパズルのピースは全て綺麗に収まるのだ。

実をいうと、犯人の計画自体は決して緻密なものではなく、僥倖や偶然に助けられている部分が大きい。むしろ僕には、この事件全体に煙幕を張っているのはポアロ自身であるように思える。そこに、この作品の前年に発表されたエラリー・クイーン長編との照応を見ることも可能だろう。クイーン作品では犯人が探偵の思考を先回りするようにして手掛かりを残していったのに対して、この『エッジウェア卿の死』ではポアロが自ら進んでその推理スタイルの中に絡めとられていくのだけれど。ヘイスティングズ、あるいはジャップ警部はことあるごとにポアロの振る舞いを茶化すが、そのことすらこの作品においては大きな意味を持つようだ。

ドラマ部分と謎解き要素がとても密接に結びついている作品であります。強烈な個性を持つヒロインの設定は、まさにそうでなくては話が成立しない、という性質のもの。
すべてが解き明かされた後、その結末の印象的なことよ。

2012-02-11

Ian Dury & The Blockheads / Do It Yourself


イアン・デューリー&ブロックヘッズ、1979年のアルバム。

前作「New Boots & The Panties!!」のサウンドが無駄なく引き締まったものであったのに対して、この「Do It Yourself」では複数の鍵盤を重ねて厚みを感じさせるものになっていて、全体にフュージョン色が強く、メロウに。その他にもエコー処理など、全体に凝ったプロダクションがなされており、チャズ・ジャンケルのセンスが爆発、といったところでしょうか。個人的にはシンセを多用したものがあまり好みではないせいか、ちょっと派手すぎるんじゃ、という気はします。
ただ、ブロックヘッズの演奏そのものは相変わらずの隙の無さ。レゲエの要素は増していますが、違和感も無く。このアルバムの二枚組エディションに収められているデモトラックを聴くと、曲の骨格は「New Boots~」の延長上にあるタイトなものであることが確認できます。

正直、曲によっては凝った音作りとの相性に疑問を感じたりはするのですが、うまく嵌っているものでの仕上がりは凄くいい。
中ではアルバム冒頭に置かれた "Inbetweenies" が最高。ディスコ寸前で踏みとどまった極上のミッドテンポ・ファンクであります。抑制を感じさせるボーカルも良い。
それから "Dance Of The Screamers" がバリバリに決まったフュージョンなんだけど、デューリーの声が乗ることで独自の世界が広がっていて、これも格好いいな。

なお、"Uneasy Sunny day Hotsy Totsy" という曲は捻りの効いたロックンロール、といった体のものなのだけれど、その初期ヴァージョンが二枚組エディションに "Babies Kept Quiet" というタイトルで収められていて、これがまるっきり別の曲だろうというジャジーで小洒落たアレンジ。ブロッサム・ディアリーなんかが唄いそうな、ね。個人的にはこっちの方が好きだけど、「Do It Yourself」というアルバムの色には合ってないか。

なんだかんだでよく聴くアルバムかな。

2012-02-05

レオ・ブルース「死の扉」


帯には「英国が誇る名探偵、キャロラス・ディーン。初登場作が新訳でついに復活!」とありまして。まさに「ついに」ですな。もうすぐ出る、と言われ続けて十年以上。レトロな表紙イラストも含め、嬉しい新訳です。

街の誰からも嫌われている女性と、その死体を発見した巡査が殺される。歴史教師キャロラス・ディーンは生徒にけしかけられて事件の解決に乗り出すのだが、物証に欠ける上、アリバイのない半ダースほどの容疑者たちはそれぞれ後ろ暗いところがあるのか、みな嘘をついているようであって、犯人の絞込みすら容易ではない。

レオ・ブルースは昔、ビーフ巡査部長ものをいくつか読んだことがあるのだけれど、この『死の扉』はそれらより後の年代に書かれた作品のようですね。ビーフものが「この時代にこんなことまでしているのか」と思わされる、いわば大向うを唸らせる作品であったのに対して、今作はオーソドックスなフーダニットと言えましょうか。
それでも、探偵小説というジャンルそのものに対するくすぐりは随所に見られますし、読みなれたファンが「このパターンは・・・」と思うところで、登場人物もそれを意識したような発言をするのが面白い。

「みんな来ればいい」キャロラスは言った。「容疑者全員、それに関係者もだ」
「その手は流行りませんよ」とルーパートは言った。「あまりに使い古された手です。一人の人間を逮捕しておきながら、結局、真犯人は別にいて、容疑者の中から拾い上げるんでしょう」

メインになっているアイディアは他にも用例があるのだろうけど、ここではかなり大胆な使い方。また、謎解きはそれほど厳密なものではないけれど、細やかな伏線の妙はそこをカバーするに足るものだと思います。

長らく読むことが困難であった一作ですが、あまり構えずに、気軽に楽しむのが良いかと。
ユーモラスで機知に富んだ、いかにも英国らしいミステリです。