2012-09-09

アガサ・クリスティー「ABC殺人事件」


「エルキュール・ポアロ氏へ
あんたは頭が鈍いわれらが英国警察の手にあまる事件を解決してきたと自惚れているのではないかね。お利口さんのポアロ氏、あんたがどこまで利口になれるかみてみようじゃないか。たぶん、この難問(ナッツ)は、固すぎて割れないことがわかるだろう。今月二十一日のアンドーヴァーに注意することだ。」

ポアロの元に届いた手紙、それが連続殺人事件の始まりだった。アルファベットの順に選ばれる被害者、必ず現場に残されるABC鉄道案内。送りつけられる殺人予告状を前にしても、未然に犯罪を防ぐ手だては無いようだった。


1936年発表で、クリスティの代表作のひとつでしょう。ミッシング・リンク&シリアルキラーものの古典であり、女史の作品としてはかなり派手というか扇情的な道具立てであります。
犯人はおろか次の被害者の手掛かりのないままに、殺人が繰り返される。そのため、途中までは謎説き小説というよりはノンストップのサスペンスノベルとしての色が濃い。
そして、ヘイスティングズによる一人称の語りの間に謎の人物を描いた三人称が挿入される、という構成もいかにもこの手の作品の先駆らしいが、それはミステリとしての必然性があるものだ。

この作品で描かれている極めて人工的な犯罪は、批判にさらされることも多いですが、作者自身もそこは自覚しているようで、周辺を補強するようなさりげない辻褄にも配慮されています。
アイディアの貧困を人間ドラマで糊塗しようとする作品など、そもそもミステリではないだろう。そう思っている僕のような人間には、貪欲なまでの騙しの姿勢こそが嬉しいし、細かいミスリードも例によって効いている。
何より、この分量でこの内容というのが凄いではないか。
再読ですが、面白かった。

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