2012-03-24

セバスチアン・ジャプリゾ「シンデレラの罠」


「わたしはこの事件の探偵であり、証人であり、被害者であり、犯人なのです」 ―なんと心惹かれるフレーズだろう。

しかし実は、大昔に読んだときには、あまり楽しめなかったのだ。記憶消失にかかったヒロインのアイデンティティをめぐるお話であるけども、煮え切らない内面描写に途中でうんざりして「お前が本当は誰であろうと知ったこっちゃあねえ」という気持ちになってしまった(ついでに言うと、新本格系の作家のデビュー作で、この作品の線を狙ったような「一人X役」を謳い文句にした作品を二つばかし読んで、そのどちらともてんで面白くなかったことにより、更に印象が悪くなったのだ)。

だから新訳が出ると知ったときも、一旦はこれはいらないねと思ったのだけれど、旧訳には不備があった、とか、訳が改まってミステリとしての面目が一新した、という評判を目にしてしまい、ついつい買ってしまった。
実質、中編といっていい作品で、すぐ読めるしね。

物語は、巨額の遺産を相続していながら、顔と手に大火傷を負って本当は誰だかわからなくなった若い女性による一人称で語られる、いわゆる心理サスペンスだ。
それが、物語の半分も行かないうちに事件の種明かしがされ、続いて、動機となったものが三人称で説明されてしまう。
ミステリとしては、ここまでで終わっているように見える。たとえ、この時点での解答が間違っていたとしても、その場合は企てが最後の段階で失敗したのだ、という予想もできる。Aと思われていたものが実はBだった(と思わせてやはりAだった)という、ごく狭い範囲での可能性だ。
実際、中盤からは犯罪小説としての様相を強めていく。
だが・・・。

ポール・アルテも手がけている翻訳家・平岡敦氏の力か、記憶にあったよりずっと理性的な小説で。
ミステリとしては破綻している部分がある(映画ならこれでいいのだが)と思います。
けれど、とても美しいかたちを持つ作品でありました。
うん、読んで良かった。

2012-03-23

Gilbert O'Sullivan / Himself


ギルバート・オサリヴァンのリイシューが英Salvoで進められているのだけれど、この「Himself」は1971年のデビュー・アルバム。

下世話過ぎず、かと言って私小説的でもない。端整なポップソングが1ダース+。
シングルヒットした "Nothing Rhymed" は流石の出来栄えだけど、その他も良く練り込まれた曲ばかりだ。
マッカートニー的でありつつ、もっと古いところにルーツがあるような親しみ易いメロディには、意外な展開を秘められているが、それが決してわざとらしくはならないのが素晴らしい。

一方、淡々としていながらも癖のあるボーカルからは、強固なキャラクターが伺われるようである。そう考えながら聴くと、ユーモラスでちょっとセンチメンタルな中にも、ニルソンあるいはレイ・デイヴィスを思わせる皮肉っぽさも漂っているよう。

また、殆どの曲がピアノ・オリエンテッドでミディアムテンポなのに、アルバム全体としてはヴァラエティを感じさせる多彩なアレンジも見逃せない。
オールドタイミーなものからバロック・ポップ、ジャジーなものやビートルズを思わせる展開の曲まで。落ち着いていながら、カラフルでもあって、その節度がいかにも英国的であり。

新しくはないかもしれないが古びることも無い、そんな個性と瑞々しさが共存する。
デビュー盤でしかありえないきらめきが詰まった一枚。
今回のリイシューでは、ボーナストラックは勿論、ブックレットには本人による全曲解説や歌詞も掲載されているのが嬉しいところです。

2012-03-21

アガサ・クリスティー「リスタデール卿の謎」


お馴染みの名探偵は出てこない、ノンシリーズ短編集。出版は1934年であるけれど収録されているのは全て'20年代に発表されたものであって、クリスティのごく初期に属する短編群ということになります。

女史の初期冒険長編を思わせる設定のものが多いんだけれど、ご都合主義な展開に甘々のロマンスで、まとめて読むと同工異曲という印象を受けるのは否定できないところ。「ジェインの求職」という作品なども、これって「赤毛組合」じゃん、と思い期待して読み進めるとお転婆ヒロインの冒険編だったり。
ただ、リアリティ、もしくはフェアプレイや伏線云々といった縛りから開放された筆捌きは余裕が感じられるもの。キャラクターは典型であるけれど生きいきとしており、ひとつひとつの短編として見れば楽しく読める。
冒頭に置かれた表題作「リスタデール卿の謎」が特にいいな。これもシャーロック・ホームズ譚をなぞったようなプロットなのだけれど、御伽噺の域にまで達した予定調和がとてもチャーミング。

また、そうしたほんわかした雰囲気の作品の間にシリアスな作品がいくつか挟まっていて、これがいいスパイスになっているかな。
そのうちの「ナイチンゲール荘」では、日常のなかに潜む不安心理を描いた奇妙な味風の物語が、やがて強烈なサスペンスに変化していきます。使われているのは既視感あるパーツばかりなのだが、仕上がりはユニーク。
また「事故」という作品は、過去に夫を毒殺した容疑で裁判にかけられた女性は、また再度同じことをしようとしているのだろうか? というありがちな話なのだけれど、最後までどう転ぶかはわからない様から目を離せない。

収められた作品で、手の込んだトリックが使われているようなものは皆無であります。ユーモラスなクライムストーリー集として、気楽に読むが吉かと。

2012-03-20

有栖川有栖「高原のフーダニット」


臨床犯罪学者・火村英生もの三作品を収録した中編集。

「オノコロ島ラプソディ」
冒頭に編集者との叙述トリック談義があって、作家にとっての難しさが見えて面白いのだが、これはどう本筋に結びつくのかな、と読み進める。
扱われているのは非常に地味なアリバイものでリアリティのある事件、といったらよいか。最近の若い本格ミステリの作家はこういう題材ではあまり書かないよな、ことさら奇を衒わなくとも読者を唸らせるものが出来る、というところを見せてくれるんだろうな、と思っていたところ。
解決編に至って、ううむ。脱力しました。そう繋がるのね・・・。形而上的なずらし、というか。
作者後書きではドタバタ・ミステリを狙った、とあるけれど。

「ミステリ夢十夜」
「こんな夢を見た。」という書き出しで始まるショートストーリーが十編。
ミステリというよりは奇妙な味の作品群で、ファンタジーといってよいものもあるし、見方によればトリッキーなものもあって、バラエティはなかなか。
掴みどころがなく変な余韻を残す話を続けて読んでいると、まさに夢、というイメージが濃くなっていく。
こういうものを個々の作品について語るのは野暮な気もするが、個人的には「第八夜」がラテンアメリカ系の作家のようで面白かった。

とは言っても俺はガチガチの謎解きが読みたいんだよ!
というわけで、表題作

「高原のフーダニット」
双子の弟を殺した兄は、以前に面識があった火村に電話をかけてきた。聞けば必ず警察には出頭するという。だが、その兄の方も何者かの手にかかり・・・。
風光明媚な田舎の、小さなコミュニティを舞台にしたフーダニット。アガサ・クリスティを意識したそうで、作中でもクリスティやポアロ、マープルという名が出されているが、それ以外はいつも通りという印象(アリスの迷推理もクイーン的だ)。
タイトルにはフーダニットとあるし、勿論、主眼は犯人探しなのだが、むしろ、その途上で浮かび上がってくるホワイ? が読み所。そして、そこから見えてくる状況から、あとは判りやすくも丁寧に配置された手掛かりによって、実にスマートに犯人は決定される。こういう推理における力点の捻り、とか上手いよね。
濃密なディスカッションも堪能でき、これには満足。

しかし、一冊トータルとして見るとちと軽いか。ファン以外にはどうかな? という感じですな。

2012-03-18

Todd Rundgren / Nearly Human


トッド・ラングレンは別にユートピアとしてのグループ活動を行なっていたせいなのか、1978年の「Hermit Mink Of Hollow」以降、ソロ名義のアルバムは殆どワンマン・レコーディングで制作していた。それらの作品はポップかつユニークだけれど、ややこじんまりとしている感もあるかな。

「Nearly Human」(1989年)はアルバムとしては前作「A Cappella」より4年のインターバルを経て発表された作品。レコーディングはそれまでとは一転、大所帯のメンバーでもって、スタジオライヴで行なわれた。かつての「Something/Anything?」最終面に収められていたものがスケジュール不足から急遽行なわれた一発録りであったのに対して、ここでは入念なリハーサルを経た後に、トッドが納得するまで何度もテイクを録り直して制作されたそう。先祖返りしたようなレコーディング方式は参加ミュージシャンにとってはきつかったでしょうが、結果としてアレンジは緻密ながらダイナミックな演奏が捉えられた作品に仕上がっているのでは。

音楽的には実験性が抑えられて、トッドのソウル趣味が全開。勢いある演奏にあおられてか、そのボーカルもとても熱く、そうなるとダリル・ホールとの相似が意識されるところですが、アルバムのオープナー "The Want Of A Nail" でジョン・オーツ役を務めているのはボビー・ウォマックだ。この曲で二人の声が交錯するさまには本当、ぞくぞくさせられる。
その他、泣きが入った "Parallel Lines"、ドラマティックな "Can't Stop Running"、マーヴィン・ゲイを思わせる "Feel It" など、メロディの良さが堪能できる非常にわかりやすい曲が揃っています。

トッド・ラングレンのアルバムの中でも特に唄物に大きく振った一枚でありますね。
しかし、ソウルマナーに依って作り込むことで、かえってトッドのボーカルがロック的であることもわかるな。テンションの高まり方の質が違うもの。スウィートな曲ではちょっと堅いかな、という印象です。

今回のEdselからのリイシュー群は皆2in2、もしくは3in2になっているのだけれど、この「Nearly Human」のみディスク1と2にまたがって収録されているのが残念。

2012-03-11

Bill Doggett / Honky Tonk Popcorn


英BGPからの、これは個人的に嬉しいリイシュー。1950年代にはインスト曲 "Honky Tonk" を大ヒットさせているオルガン奏者、ビル・ドゲットのファンキーな一枚、1969年リリース。

収録曲のうち二曲をジェイムズ・ブラウンがプロデュースしており、演奏も彼のバンドによるもの。ただし、あくまでドゲットがメインということを意識してか、ホーンセクション抜きの編成です。
"Honky Tonk" のリメイクはオリジナルの長閑なイメージとは違い、ソリッドでタイトなファンクに仕上がっております。太いベースが気持ちいいなあ。
また、タイトル曲 "Honky Tonk Popcorn" ではJBの掛け声も入り、完全にプレJB'sといった趣。これも剥き出しで重いビートが、ループ感もあって格好良い。オルガンの存在感がやや薄くなってしまっているのだが、これは仕方ないか。

残りの曲はビル・ドゲット自身がプロデュースしているようで、サックスも入ったオーソドックスな作り。オルガンものの楽しさとしてはこちらの方がいいでしょうね。
JB制作のものとはまた違った、軽快なジャズファンク曲が多いのですが、手数多目のドラムに良く動き回るベースが聴けるこれらもどうして、時代にしっかり対応したような出来で、いや、悪くないよ。
他にはR&B~ソウルジャズ的なものを中心に、スロウブルースなどもありますが、コンパクトにまとまった演奏にリラックスした雰囲気がいい。
また、ボーナストラック6曲のうち5つが未発表だったものですが、これらはどれもアルバム収録された曲と比較しても遜色ない出来のジャズファンクで、ちょっとした拾い物、という感じです。

JB絡みの二曲が抜きん出ていますが、それ以外も全体に良く出来た曲が揃ったR&Bインストアルバムです。お勧め。

2012-03-04

Phil Everly / Star Spangled Springer


エヴァリー・ブラザーズの弟の方である、フィル・エヴァリーのソロ・デビュー盤。1973年リリース。
プロデュースはギタリストのデュエイン・エディ、アレンジはエヴァリーズのバックバンドにいたウォーレン・ジヴォンが務めていて、気心の知れたスタッフで固めたということになるのかな。
収録曲は一曲のカバーを除いた全てがフィル・エヴァリーの自作でありまして、これがなかなかの佳曲揃い。メロディには'60年代的なものが多いですね。ドリーミー、という形容が相応しいような。

音の方はカントリー的な甘さを滲ませたSSW風味のポップスで、落ち着いたスロウとミディアムを交互に並べた構成になっていますが、尖がったところなどどこにもない、まろやかな仕上がり。若い人が聴いてもあまり面白くはないでしょうね。
中にはもろオールディーズ的な趣向の曲もあって、流石にこれはお手のものという感じ。

優しさ全開のボーカルは正直、ソロシンガーとしては線が細いかなと思う瞬間もあるのですが、ちょっとしたハーモニーが付くと(彼の奥さんが歌っているそうです)ぐっと華を感じるものになっています。また、ひとりエヴァリーズをやっているような曲もあって、これには思わずにやり。

取り立ててどうこういうアルバムでは無いかもしれないけれど、寒い季節にはじんわりと染みてくる一杯のココアのようであるよ。
リズムを強調したフォークロック "Poisonberry Pie" が格好良いな。デュエイン・エディのトワンギー・ギターもびしっ、と決まった。