2013-10-31

麻耶雄嵩「貴族探偵対女探偵」


2011、12年に雑誌掲載された4編に書き下ろしひとつを加えた連作短編集。
貴族探偵に加えてタイトル通り、女探偵・高徳愛香が登場。二人(?)の探偵による推理合戦というか多重解決が楽しめます。


「白きを見れば」 雪の山荘もの。シリーズの新しい幕開けとして、非常に良く出来た趣向です。
ミステリとしては手堅いフーダニットであり、盲点を突いた逆転の構図が鮮やか。ただ、そこから後の推理には抜けがあるような。この逆転が起こった瞬間、既に消し込まれていた可能性のひとつが再浮上すると思うのだけど。

「色に出でにけり」 首吊り自殺の現場には奇妙な作為の跡があった。この手掛かりを始点にして、関係者たちのアリバイが検討されていくのだが――。
これしかなさそうでいて割り切れない感じも残す愛香の仮説、それを越えて提示されるシンプルかつ逆説的な解答が美しい。動機も綺麗に決まってるな。

「むべ山風を」 大学内で起こった殺人事件は、図らずもクローズドサークル化していた。だが、現場の周囲に残された証拠に従えば、容疑者内に犯人はいなくなってしまう――。
パズルとしての強度が非常に高い一編。推理の飛躍が複数あって、与えられた手掛かりだけでそれらをクリアするのは困難だと思うのだが、プレゼンテーションの勝利というべきか。

「幣もとりあへず」 座敷童子が出るという温泉内での殺人。それぞれ作為の感じられない複数の証拠はしかし、相矛盾する方向を指し示していた――。
愛香の推理が始まると「?」がいくつも頭に浮かんできたのだが・・・。うむむ、ここでやりやがったか。また、これ以前の三編が効いてるのよ。だから京都の連中は油断ならねえ。
真相に読者が気付けるとしたら、まさに推理が始まってから後なのだが、そんなことを云々するのも野暮か(ただ、196頁の20行目はアンフェア気味では)。

「なほあまりある」 謎めいた招待を受け、高徳愛香は富豪が所有する島へと向かった。そこで待っていたのは――。
本書の掉尾を飾るのはそれに相応しい、実にエレガントなフーダニット。こちらは多重解決の要素を強調しないことで、より綺麗な仕上がりになったよう。結局、こういうのが一番好きなんだよなあ。物語の締めもスマートであります。


麻耶雄嵩の作品を読むときは期待のハードルが高くなってしまい、いつもならそんなに気にしないところまで注文をつけてしまうのですが、やはりこの純度の高さはただ事ではないですな。グレイトやわー。

2013-10-28

ルー、ルー、ルー、これは偉大な冒険の始まりなのよ。


十代の頃、その声を聴いたのはFMラジオの洋楽番組から流れてきた "Walk On The Wild Side" ――ワイルド・サイドを歩け、だった。ルー・リードといってかかるのは、とにかくこれ。唯一のシングルヒットらしいものであって。

自分で買った彼のレコードで、最初のものはヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Loaded」、輸入盤だ。たぶん、ヴェルヴェッツはそれしか店に置いてなかったように思う。
当時はバンドの歴史など何も知らなかったけど、聴いてすぐに夢中になった。どの曲も好きになったのだけど、クラシックといえる曲が二つ、やはり突出していた。
"Sweet Jane" はルーに無断で短く編集されていたとして、後年になってフル・レングス・ヴァージョンがでたわけだけれど、僕は古いヴァージョンに慣れ親しんでいたせいか、カットされていた部分は無くてもいいかな、と未だに思う。
また、"Rock & Roll" で歌われる5歳の少女の物語は、音楽に救われたことなど一度たりともない自分にとって、だからこそ麻薬のような魅力を持ち続けている。

ソロになってからのものではロバート・クワインやフェルナンド・ソーンダースと組んで以降のシンプルな表現が格好いい。ボトムラインでのライヴ映像「A Night with Lou Reed」は忘れられない。「New York」ツアーの来日公演も最高だった。

近年の作品は、実はあまり聴いてなかった。なんだか、ありがたいお経みたいな感じがして、素直に楽しめなくなったのだ。今思えば、頑固なじいさんの話をもっとちゃんと聞いておけばよかった的な気持ちもある。

とりとめがないことしか書けないのでこの辺にしよう。
夜空を見上げれば、あなたの星が見えるだろうか。
極上のロックンロールをありがとう、そしてさようなら。

2013-10-26

三津田信三「蛇棺葬」


三津田信三の作品にはホラーとミステリの要素が混じり合っているわけですが、この作品はホラー寄りのほう。

二部構成になっており、その前半は奈良の旧家である百巳家に移り住むことになった、妾腹の男児(どういうわけか下の名前で呼ばれることがありません)が経験するいくつもの怪異を、大人になってから回想の形で語る、という形をとっています。
得体の知れないものにどんどんと導かれてしまう、という描写はこの作者のものではお馴染みですが、中でも百巳の森で展開される異様な光景は幻想小説のようでなかなかいい。

後半は現在の話でしょうか、語り手(こちらでは美乃歩、と呼ばれています)は一旦は離れた百巳家を30年後になって再び訪れています。義母が亡くなりかけており、どうやら美乃歩は、かつて祖母が逝去したとき父が関わった(そして怪事件に巻き込まれた)のと同じ儀式を執り行わねばならないらしい。また、おかしなことに前半部で語られた少年時代の記憶にかなりの欠落があるようなのだ。
美乃歩は大人になっているからか、危なそうな場所には近づかないようにしているのだが、己の想念から生まれたものに囚われて再三、身動きが取れなくなりそうに。特に、河原の家での展開はちょっと京極夏彦テイストを感じさせるものながら、迫力があるものです。
そして、いよいよ問題の儀式が行なわれるのだが・・・。

一応、物語としては完結していますが、主人公が体験する恐怖については、あまりはっきりとした解釈がつけられないまま。また、ミステリ的な謎や、メタ趣向らしきものもあるのですが、こちらも保留といったところです。
わからないことはわからないとして理に落ちない分、ホラーとしては充分楽しめますが、やはり12月に文庫版が出るという続編『百蛇堂』と合わせて読むべきなのでしょう。

2013-10-19

The Kinks / Muswell Hillbillies


随分と当初の予定からは遅れましたが、「Muswell Hillbillies」(1971年)のデラックス・エディションが出ました。もうモノラルミックスなど無いので、今回のものは一枚目がアルバムのストレートリイシュー、二枚目にレアトラックとはっきり分かれた構成です。
また、「Lola Versus Powerman」に「Percy」をくっ付けてデラックス化するという計画もあったのですが、発売元であるSanctuaryの親会社が変わったため、今後もこのリイシューを続けていけるかどうかは解らないらしい。


さて、「Muswell Hillbillies」であるけれど。
RCAからの最初のアルバムであり、カントリーやジャズにブルースなどアメリカ音楽の影響が強く出ている(とは言っても湿り気を少し感じさせる空気はいかにも英国的ではありますが)。また、楽曲もそれまでのちょっと捻ったようなポップソングと比べて、ぐっとシンプルなものばかりになっています。
サウンドは重心低め、タイトに締まった感じで、逆にいうとカジュアルに楽しめるような開放感には乏しいかな。ライナーノーツを読むとレイ・デイヴィスは当時、ミックスを何度もやり直していたそうで、この質感に相当こだわっていたのでしょう。
濃さという点ではキャリア屈指のこのアルバム、まさにキンクスの新しい時代、その幕開けを飾る一枚ですな。

なお、今回のディスク2には16曲が収録で、うち未発表のものが6つ。トータルでしっかりと作りこまれたアルバム本編に対して、もっと素に近くリラックスした仕上がりが楽しめて、これも悪くないね。

2013-10-14

ジャック・カーリイ「イン・ザ・ブラッド」


早朝からの釣りを楽しんでいたカーソン・ライダー刑事と相棒のハリーは、漂流するボートに乗せられた赤ん坊を救助することとなった。そしてボートが流されてきた元の場所を突き止めると、そこには腹に銛を突き刺された焼死体が。さらには赤ん坊が収容された病院も襲撃を受ける。
一方、教会キャンプでは異様な状態の死体が発見され・・・。

2年ぶりの邦訳になる、5作目です。
「ほんのキスひとつ隔てたところじゃないか。ローリング・ストーンズが言うように」
"Gimme Shelter" が最後の方で引用されているのだけれど、同名映画中で描かれた所謂「オルタモントの悲劇」を思わせる暴力的な白人集団の脅威が、作中モチーフのひとつになっています。また、この作品が本国で発表された頃に、ちょうどバラク・オバマが大統領に選出されており、その影響もあるかも。

ミステリとして見ると、400ページほどの分量に込められたプロットは複雑にしてタイト。ふたつの事件に加えて、謎のエピソードが平行して語られるのですが、ちょっとした繋がりらしきものが見え隠れしているので、興味が途切れないのがうまいところ。ページを繰る手を止めさせない、という点では今作は過去最高かも。
ただ、物語の凝縮度が増した分、手掛かりをひとつひとつ繋ぎ合せていくような推理の興趣が薄くなった感はあるか。カーソンとハリーが勘にまかせて、あちらこちらに動きまわるうちに事件は勝手に解決していくといった風。その辺りはスピード感でもって、うまく補われているのかな。

やたらに枝葉があるかに見えた物語を遺漏なく綺麗に収束させていく手腕と、先読みさせない真相は毎度のことながらお見事というしかない。犯人の設定はこれまでのパターンを踏まえているけれど、今回はさらにそこからもう一捻り。
新キャラクターの定着を期待させる結末も良いね。

これは細部までうまく構築された・・・何だろう?
読後感は謀略小説みたいなんだよな。凄く面白かったのは確かなのだが。

2013-10-13

Roy Wood / Boulders


ロイ・ウッドはムーヴ時代からいくつかレコードジャケットのイラストを自ら手がけていますが、それらの多くはけばけばしくて、あまり趣味がいいとは思えないのが正直なところ。けれど、この「Boulders」のジャケットは自画像に色を塗りかけて仕上げないままおいた、という風です。そして音楽の方も、あえて作り込まずに自然な雰囲気を残したようでありますね。

ソロ名義では初となるこのアルバムは、管弦まで含めた(ほぼ)ワンマンレコーディングによる制作。いかにもロイ・ウッドらしい変な試みは随所に見られるものの、まずは唄を聴かせるものになっているのが美点でしょう。
リリースされたのは1973年なのだが、実際には'70年に完成していたそうで、このひとの持つコテコテの部分やドラマティックな路線はムーヴでの活動の方に注入されていたのであろうか。アコースティックギターの使用が目立つ風通しのいいサウンドで、メロディの良さも一段と際立っています。

ロイ・ウッドというひとはいろいろと妙なことをやりますが、ソングライターとしては実にまっとうな曲を書く。意表を付くような転調やら、変わった音使いがあるわけではない、王道のポップソングという感じ。そして、それがユニークなアレンジとうまく結びついたときにはとてもいいものになるようだ。
このアルバムだと、"Wake Up" ではバケツに張った水をパーカッションに使っていて、普通なら冗談っぽくなってしまいそうなところが、なんだか心に染み入るような出来であります。

あまり方向性を絞らずに作ったのが吉と出たような。良い曲が揃っていて、それを素直に楽しめる作品ですな。
個人的なベストは臆面もなくセンチメンタルな "Dear Elaine"。 ジェフ・リンとの共通した資質も強く感じます。

2013-10-05

アガサ・クリスティー「白昼の悪魔」


舞台は休暇の観光客で賑わうイギリスの小島。引退した女優、アリーナは男たちの関心を一身に集めることに満足していて、その周囲には嫉妬からくる憎しみが高まる。やがて避けようのない事件が起こるのだが、容疑者たちには強力なアリバイが。

1941年のエルキュール・ポアロもの、再読です。この辺りの内容はなんとなく覚えているな。一応はクローズドサークルものといってよいか。
基本的にはこれまでのクリスティの作風の洗練形にあると思います。プロットだけ取り出せばそれこそ何度も読んできたようなものですが、ミステリとして無駄が少ないのが特徴で、一見、枝葉のようなエピソードも後から謎解きに絡んでくるから油断できない。

解決編ではふいを突くような展開が待ち受けていて、思わず引き込まれますね。手掛かりの持つ意味はそのままで、背景となる事件の構図をずらしてしまうのだから。また、中心になっているトリックは、大胆な伏線も含めてチェスタトン的な発想と言えましょう。
犯人の設定は分かってみれば過去に使ったパターンなのですが、いかにもクリスティらしい強引な犯罪計画のせいで見えにくいものになっているようでもあるか。

いつもとさほど変わらない要素に少しのプラスアルファで、見事な効果があがっているようです。明晰なミステリ、という印象を持ちました。

2013-10-04

平石貴樹「松谷警部と目黒の雨」


平石貴樹、久方ぶりの新作は何と文庫書下ろしであります。描写は控えめ、ユーモラスで平易な文章ですが、内容は勿論、ガチガチのフーダニット。探偵役は松谷警部、ではなくて白石イアイという若い女性巡査です。
設定は1998年の冬であり、都内でOLが殺害され、その友人たちに聴取をしていくうちに、彼らのグループ間で過去に複数の変死事件が起こっていたことがわかった、というもの。登場人物表を見ても、警察関係者以外は殆どが被害者の学生時代からの知人ということで、つまりは内輪の事件のよう。

物語序盤で、被害者が発見されるきっかけになった電話について白石巡査がちょっと冴えた推理を披露する。これで期待が持たされるわけだ、読者も、松谷警部も。ただ、それ以後の展開はいかにも警察小説らしく、調査と手堅い推論が繰り返されていく。
そのまま終盤に入り、どうにも有力な線は途絶えたように見えたが、白石巡査は「・・・・・・もう一息だと思うんです」。そして、その後には全体図のどこに当てはまるかは解らないようなエピソードがいくつか示される。この呼吸、ミステリをそこそこ読んできた人間ならわくわくさせられるのでは。

真相の方は、複数の事件それぞれに独立したアイディアがあって、なおかつそれら全体を見通すことでフーダニットとしての謎が解ける、という感じですね。状況のちょっとした齟齬から犯人を限定していく手際が実にスマートであります。大胆で意外な伏線の数々も愉しい。

いってみればオールド・ファッションド・ディテクティヴ・ストーリーであって、新奇さや小説としての味付けといったものを求める向きには物足りないかもしれませんが、著者のこれまでの作品を楽しんできたひとなら今回も間違いないかと。