2014-08-31

Billy Stewart / I Do Love You


ジョージィ・フェイムが演っていた "Sitting In The Park" はこのひとがオリジナル。

ビリー・スチュワートというソウル・シンガーは1950年代半ばから活動していたそうなのだけれど、これは'65年になってチェスから出された彼のファースト・アルバム。収録曲の半分ではスチュワート自身が作曲も手がけています。
プロデューサーを務めているビリー・デイヴィスは、チェスのスタッフになる以前はデトロイトでベリー・ゴーディと共に仕事をしていたそうです。そのデイヴィスの書いた曲も入っているのですが、なるほどそう知ると初期モータウンと共通するようなテイストのミディアムもあるかな。

この時期のアルバムによくあることですが、古いシングル曲なども入ってまして、制作時期を一番さかのぼるものは'62年に作られた2曲。うち "Fat Boy" ではボ・ディドリーが共作者としてクレジットされています。鳴っているギターも、それっぽい。

もっともここでの聴き物はスムースなスロウでしょう。中でも抜群なのはやはりシングル・ヒットした2曲、タイトルにもなっている "I Do Love You" と先に挙げた"Sitting In The Park" であります。いずれもこの時代のものとは思えない、実に洒落た仕上がりで、後々のスウィート・ソウルの原型と見ることも出来そう。オルガンとピアノを絡めた風通しのよい演奏はルビー&ザ・ロマンティクスをソウル寄りにした、という感じもあるかな。美しいコーラス、そこに伸びやかなテナーが映える。少しジャジーな軽やかさはシカゴならではか。

いわゆるアーリー・ソウル、そこから都会的な次代のものへと変化するさまを捉えた一枚。

2014-08-30

ヘレン・マクロイ「逃げる幻」


アメリカ軍の大尉で本業は精神科医のダンバーは、秘した任務を帯びながら表向きには休暇でスコットランドに滞在することとなった。そしてひょんなことから、彼は何度も家出を繰り返す少年と関わることになる。何不自由ない家庭環境にあって、しかし少年は何かをとても恐れているようなのだ。

このところ創元推理文庫から年一冊のペースで出版されるヘレン・マクロイ。今回は1945年発表、第二次大戦後間もない頃の作品です。

登場人物のアイデンティティを探るような導入からして謎めいていて、すぐに作品世界に引き込まれていきます。また、舞台となるスコットランドの高地、そこにおける幻想的な風景は読んでいてリアリティをぐらつかせられるものだ。ここではどんな歪んだ論理も通用していまいそうだ。この作家は自然描写もいいな。
物語の本筋は少年の抱えた秘密なのだが、その調査過程において判明した事実は、ダンバーの隠れた任務とも関わってきているようでもある。
なお、本書の帯には「人間消失と密室殺人、そして」と書いてあるけれど、マクロイは不可能犯罪を得意とする作家ではないので、トリックには期待してはいけません。これらの趣向は勿論、ミステリを駆動する装置ではありますが、むしろゴシック小説っぽさを強調するための象徴としての意味が強いように思うな。

家庭の悲劇を中心に据えたスリラーと思えたものが、謎解き小説としての本性を見せるのは終盤になってから。勘のいい読者なら犯人の見当はついているでしょう。しかし、少年の周囲にどんなおぞましい秘密が隠されていたのか? これが明らかになるとともに物語全体の様相ががらり、と一変。見掛けとは違う物語であった、というのは同時期のクリスティも得意としたところでありますが、これはお見事。
更には、それに伴って数々の謎がひとつの流れに収束されていく。この辺りの綺麗なかたちはマクロイならではだなあ。

奥行きを感じさせながら仕上がりはタイトで、心理学や戦争の影響なども単なる装飾ではなく、本筋にしっかりと絡んでいる。
何よりプロット構成が抜群にクレバー。いや、面白かった。

2014-08-24

The Kinks / Lola versus Powerman and The Moneygoround/Percy


キンクスのデラックス・エディション、これまでのはデジパックでありましたが、今回の「Lola versus Powerman~」はジュエルケースになっていて、もしかしたら予算をケチったのでありましょうか。
内容のほうも「Percy」のサントラとのカップリングであり、ちょっと変則。まあ、「Percy」をリイシュー・プログラムに組み込むとしたら、こういうやり方しかないのかな。制作当時、レイ・デイヴィスはとにかくパイとの契約を終わらせたかったようで、そのために強行スケジュールにもかかわらずサントラ仕事を請けたようであります。
とはいえ、少なくとも「Percy」のボーカル入りの曲に関しては、どれもいいとは思いますが。


「Lola versus Powerman and The Moneygoround Part One」は1970年にリリースされたアルバム。そのサウンドはこの前後の「Arthur」や「Muswell Hillbillies」と比べるとすっきりと仕上がっている。端境期なのかもしれないけれど、アコースティックギターの響きをうまく生かしながら、新加入であるジョン・ゴスリングの存在もしっかりと感じられるものだ。
そして、こってりした作品世界の作りこみこそないものの、逆にレイ・デイヴィス独特の、世界を遠くに見ている感じは凄く強力に伝わってくる。個人的には "This Time Tomorrow" がいちばん好きなのだが、"The Moneygoround" のメロウなミドルエイトなども、その曲調との落差も相まってたまらないな。

さて、今回のリイシューではボーナストラックは全部で17曲で、そのうちPreviously Unissuedとあるのが13曲。まずまずのボリュームではあります。
未発表曲の "Anytime" は、この時期のキンクスとしてはちょっと異色な感じの骨太なミディアム。出来はそんなに悪くないのだけれど、泣きの入ったギターもあって、なんだかジョージ・ハリスンみたいだ。また、"The Good Life" のアイディアは、後に "Here Come The People In Grey" で流用されていますな。


2014-08-17

Spring / Spring (eponymous title)


1988年に作られた古いCDなので、久しぶりに聴いてちょっと「音圧低いなあ、しょぼくない?」と思ったんだけれど。ボリュームを少し上げてみると、これはちゃんとしたマスタリングであることが判り、流石はビル・イングロットだわ、と感心しました。

スプリングの唯一のアルバム「Spring」は1972年リリース。アレンジャー及びプロデューサーのひとりとしてブライアン・ウィルソンの名がクレジットされていますが、ブライアンは気の向いたときにスタジオに現れてはちょこちょこっと参加するといった具合で、実際にはレコーディング全体のせいぜい4分の1ほどにしか関わっていないという話です。

いくつかのビーチ・ボーイズ用に作られたトラックを流用したような曲を除くと、非常にサウンドはシンプルで。基本的な4リズムにシンセで装飾を加えてあるくらい。だからといってチープな感じはしないのね。豊かなコーラスのおかげもありますが、いや、エンジニアリングとかミックスって大事ですな。
サンシャインポップをベースにしながら、ナチュラルで穏やかな感触に仕上がったアルバムといえましょうか。

収録曲は殆どカバーですが、元々の曲の良さを生かしつつアイディアをプラスしたという印象で、大きく外したものはありません。
中でも目を引くのは "Thinkin' 'Bout You Baby"。1964年に、ブライアン・ウィルソンがシャロン・マリーのために作った曲で、ビーチ・ボーイズの "Darlin'" の元歌でもあります。シャロン・マリーのオリジナルはフィル・スペクターの影響を感じさせる力強いサウンドであったけれど、ここではテンポを少し落としたメロウな仕上がり。コーラスも麗しく、メロディの良さがより伝わってくる。
また、シティの "Now That Everything's Been Said" はキラキラした味付けがガール・ポップらしい楽しさを盛り上げる。シティのオリジナルも好きなんだけれど、こちらも甲乙つけ難い出来。
ビーチ・ボーイズで演ってる曲もいくつかあって、特に "Good Time" は後のアルバム「Love You」で聴けるものよりも凝ったアレンジが楽しい。
個人的なベストは、というとCDのボーナストラックになっちゃいますが。1973年にシングルで出されたオリジナル曲、"Shyin' Away" が切ないメロディと木管を効かせた柔らかなアレンジで素晴らしいな。


なお、このCDに収録された以外でも、彼女たちが'70年代後半に制作した未発表曲があって。それらはキャピトルが編纂したハニーズのコンピレーションに収められていますが、コンテンポラリーなサウンドを意識したもので、正直あまり面白くない出来。
未CD化なのですが、ファン向けのみで出された "Snowflakes" という曲があって、むしろそちらの方がいいですね。検索すれば容易に聴くことができると思います。

2014-08-16

アガサ・クリスティー「満潮に乗って」


「イノック・アーデンなんて名はないんです。ありっこないんですよ、詩の中に出てくる名じゃありませんか。テニソンですよ。ぼくはやっとつきとめたんです。故郷へ帰ってきて、自分の女房がほかの男と結婚しているのを知った男ですよ」

1948年のエルキュール・ポアロもの長編。
これは大昔に一度読んでいる(はず)。確か、瀬戸川猛資が座談会でこの作品に触れて「イノック・アーデン、いいですね」とかなんとか言ってたからだ。そのわりに、内容はさっぱり記憶にないのだが。

富豪、ゴードン・クロードは若いロザリーンを嫁にもらった後、空襲にあって死亡する。莫大な財産は未亡人になったロザリーンのものに。一方、クロードの一族は金銭的にはゴードンにかなり頼っていたのだが、戦争の影響もあってかそれまでの裕福な暮らしを維持するのが困難に。あの女がいなければわたしたちは遺産を山分けできるのに、キーッ!
――というお話。うん、これだけだと、また似たり寄ったりな設定であることよな。
一方、ロザリーンにはアフリカで病死した前夫がいたのだが、これが実は生きており、「イノック・アーデン」と名乗って英国に戻ってきている、というのだ。もし、前夫が本当に死んでいなかったのなら、ゴードンとロザリーンの結婚は無効になり、遺産の行方も変わってくる、というわけだ。
で、なんやかんやしているうちに物語の半ばあたりで殺人が起こる。
ふたつの謎がある。殺人犯人は誰か? そしてイノック・アーデンとは本当は何者なのか?
後半に入ってようやくポアロが登場。しかし、さらに事件が。

クリスティにしては珍しく、フェアなかたちで手掛かりが出されていると思います。ただ、そこから犯人に辿り付けることは出来ても、事件の全体像を見通すことは困難だろう。凄く大胆でトリッキー。この仕掛けをこういうかたちで使うのか! と思わず驚いたが、しかし同時に、なるほど、こうでしかありえないよな、という真相。いやあ、まいった。

道具立ては地味なのだが、クリスティ一流の騙しが冴えに冴えまくった作品でございました。

2014-08-14

エラリー・クイーン「ギリシャ棺の謎」


創元推理文庫からのクイーン新訳、その4作目です。いや、この『ギリシャ』は何遍読んでもクソ面白いな。

若い時代のエラリー、その気障ったらしい態度はまるで名探偵像のカリカチュアだが、作品中盤における、故人がつけていたネクタイの色、及び書斎のパーコレイターからの推理は実に読み応えがある。そして、その名推理が(後から判明する事実によって)崩れていく過程からは、現代からすれば名探偵もののパロディのようなニュアンスさえ感じとることができる。シリーズ4作目にして従来の謎と論理の物語に飽き足らず、ここまで踏み込んだのは凄い、と思う。

さて、この『ギリシャ棺の謎』はクイーンの作品ではいちばん長いものであって、普通の長編に近いくらいの分量がを費やして事件はひとまずの解決を迎える。説明のつかない事実をいくつか残しているため、エラリーはもやもやしたものを抱えたままだ。
後半に入り、新たな事実が判明するに至って、再び捜査が動き出す。それに伴いエラリーは生き生きとした表情を取り戻していくわけだが。
エラリーはあくびをした。「サンプスンさん、サンプスンさん、いつになったらそのおつむの中にある灰色の例のものを使うことを学ぶんです。我らが愛すべき殺人鬼殿がそこまで頭が悪いと本気で思ってるんですか?」
すげー嫌な野郎。ちょっと前にその鼻っ柱をへし折られたというのに。

しかし、本当によく出来てるわ。長編2本分の謎解きを重層化させて、しかもそれを(見かけのつぎはぎ感が薄く)弛みないかたちに完成させられたのは、まだ作者が若かったからだろうな。
次作『エジプト十字架の謎』は来年刊行ということで。おっさんになると待つ楽しみ、というのができるのね。

2014-08-13

平石貴樹「松谷警部と三鷹の石」


都内の住宅街で、フリーのスポーツライターが刺殺体で発見された。そしてまもなく、その別れた彼女も遺書を残して死んでいるのが判明。当初は単純な無理心中と思われた事件だったが、現場には些細であるが腑に落ちない点が。さらに関係者周辺の調べを進めていくうちに、過去に起きた未解決の殺人事件も浮かび上がってきた。


謎解き役に白石イアイ巡査を据えたシリーズの二作目です。作中の時代は2003年というから、前作『松谷警部と目黒の雨』から4年ほど経っていることになります。白石巡査は『~目黒の雨』の事件での功績を認められて所轄署から本庁勤務に抜擢されています。

今回もまずは尋問と証拠の検討が繰り返される、オーソドックスな捜査小説といった風に展開していきます。中盤にさしかかったあたりで意外な事実が判明し、事件の様相が一転。この辺りより、ようやく本格ミステリらしくなってくる。それ以降は少しずつ新事実が判明するとともに、関係者の意外な面も見えていくことで興味を引っ張っていきます。
一方で、前作もそうでありましたが、語り口が凄く淡々としているのね。はったりをかまさないので、なかなか雰囲気が盛り上がってこない。後、決して少なくない容疑者が一向に絞られないまま、終盤近くまで細々としたアリバイ検討が続いていくのは、ちと辛い。

解決編に至って、やたらに錯綜しているように見えた状況がごくシンプルに説き明かされます。ただ、不可解な謎もあって思わず期待してしまうのだが、それが構図の中に綺麗に収まる楽しさはあるものの、(例えばエラリー・クイーンのように)その謎自体を起点にして意外な推理が動くわけではないのだなあ。
むしろ今作はミスリードの組み立てが面白いような。

そういうわけで前作同様、何の新しい要素もありませんし、はっきり言って地味です.。本当にパズル・ストーリーが好きだ、というひとなら楽しめるとは思うのですが。

2014-08-11

倉阪鬼一郎「波上館の犯罪」


毎年、この時期に講談社ノベルズから出る倉阪鬼一郎の作品はいわゆるバカミスなのだが、今回のは違う、と作者の言葉にあります。

作品冒頭では、わたしは犯人で探偵にして被害者、さらには記述者だという宣言がなされていて、なにやら懐かしの新本格っぽい。
内容としては孤島の館を舞台にした連続殺人であり、それぞれに使われるトリックはこれまでのバカミス作品と共通するテイストのもの。

ただ今作では、作品全体にわたる趣向については、最初の数ページに目を通せば容易に気付くことができるだろう。そもそも読者から隠そうとさえしていないこれは、プロットに寄与するものというより、むしろ視覚的・美的効果を狙ったもののように思えるのだ。
また、じっくりとした心理の書き込みや、事実と比喩の区別がはっきりしない描写などは、ある種のフランスミステリを強く意識させるものだ。冒頭における宣言も、その視点からの方がすんなりと収まるのでは。

想像するだにおそろしい労力によって、内容と形式の合致が非常に高いレベルで達成された美しいミステリだとは思います。ただ、それが面白さになっているのか、というと困るのだが。

2014-08-10

The Artwoods / Steady Gettin' It: The Complete Recordings 1964-67


アートウッズの三枚組、ほぼ全曲集。公式発表された全音源に加え、これまで盤のかたちにはなっていなかったBBCセッション、およびバンド末期におけるライヴまで入っています。ライナーノーツ(これもすごく分量がある)を読むと、他にも録音されながらもレコード会社がお蔵入りにした曲や、音質が悪いので収録を断念したライヴも存在するそうですが。



ディスク1は「ACETATES, SINGLES & EP TRACKS」。アルバム「Art Gallery」以外のスタジオ録音がまとめられています。
改めて聴いてみると、EP「Jazz In Jeans」からの4曲はやや異色ですな。タイトルどおりジャジーで、マンフレッド・マンにも共通するようなクールな仕上がり。いや、凄く格好いいんだけれど。
前身にあたるアート・ウッド・コンボも4曲収められており、うち2曲がこれまで未発表のもの。オルガンが牽引するオーソドックスなR&Bですね。
また、このディスクの終わりのほうには1965、66年のBBCセッションから6曲。彼らの演奏能力がよりダイレクトに伝わってきます。スタジオ録音を残していない曲としてはレイ・チャールズの "Smack Dab In The Middle" とルーファス・トーマスの "Jump Back" が取り上げられており、特に前者はドラムが迫力たっぷりに捉えられていて、いいな。



ディスク2は「ART GALLERY」。同名アルバムのステレオミックスに加え1966、67年に行われたBBCセッション3回分が収められています。
特に、最後のBBCセッションではオーティス・レディング・ヴァージョンの "Day Tripper" にビリー・プレストンの "Steady Gettin' It"、ミッチ・ライダー&ザ・デトロイト・ウィールズの "Devil With A Blue Dress On/Good Golly Miss Molly" なんかを演っていて楽しい。ただ、このときのセッションだけ若干音質が落ちるのが残念(それでも十分に聴けますが)。



ディスク3は「LIVE AT FUNNY PARK, DENMARK, 1967」。デンマークでのライヴ、12曲入り。
この頃にはドラムのキーフ・ハートリーはクビになっていたそうなのだけれど、そんなことは問題にならない熱演です。特にジョン・ロードのオルガンが弾きまくり。サム・クックの "Shake" では "Work Song" のメロディを挟んだりしていて、格好いい。一方、ヘビーな曲ではもうR&Bコンボの枠には収まらない感が強いな。
ただし、音質はブートレグ並であって、おそらくオーディエンス録音でしょうね。ボーカルがやや遠めなので、ちょっと他人には推奨しにくいな。


レアかどうかの判断は全くつかないが、とりあえず写真も満載です

いいんだけれど、あまり突出した個性や華が感じられないんですね、やっぱり。アート・ウッドという不器用なシンガーは、このバンドのハートであると同時に限界でもあったのかな、という気はします。
個人的には生き生きした表情が感じられるBBC音源でだけでも価値あるセットだと思いますが。

2014-08-09

麻耶雄嵩「さよなら神様」


「個人的には超能力は許容できてもオカルトは許容できない。夜中にトイレに行けなくなるからだ」

2005年に子供向け叢書から出た長編『神様ゲーム』、その続編で、6編からなる連作短編集。
小学生でありながら全知全能の神様、鈴木君。『神様ゲーム』ではもっぱら学校のトイレ掃除をしている目立たない存在だったけれど、今回は文武両道で爽やかなハンサム、女子の人気はもちろん、男子からも一目置かれているというキャラクターに。貴族探偵に寄った、ともいえますか。
収録された各短編は、冒頭で神様が犯人の名前を告げ、それを受けて探偵団のメンバーたちが議論する、という形式で進められます。


「少年探偵団と神様」 あらかじめ犯人は判っているが、フーダニットです。なんだか倒錯しているようですが、そういう構成だよね。非常に限定された構成要素を用いて手堅いミステリを成立させている一方、事件とは直接関係のないトリックが炸裂するのはいかがなものか(面白いけど)。

「アリバイくずし」 容疑者が増えることが逆に事件解決のヒントとなる妙。一方で、推理の前提となる事実認識に甘いところがあって、その穴を突いている感も。

「ダムからの遠い道」 これもアリバイを扱っていますが、いくつかの偶然が重なることで奇跡的に成立したそれであって、およそ作為が感じられないもの。前提が複雑で難易度は高そうに見えるのだが、解決は実にクリア。

「バレンタイン昔語り」 これこそ麻耶雄嵩にしか書けないであろう、読者も登場人物も謎を認識できないミステリ。特殊設定が最大限に生かされて、後味の悪さも絶品。

「比土との対決」 話を追うごとにだんだんと内容が異様なものになってくるな。ここではハウダニットというミステリの形式そのものがミスリードに使われていて、脳がぐらんぐらんするわ。

そして、最後の 「さよなら、神様」 ではこれまでの短編に隠されていた秘密が解き明かされる。なんだか小洒落たまとめ方だなあ。えぐいけどさ。


この作者にしては軽めの仕上がりですが、紛れも無い謎と論理のミステリです。うむ、面白かったぞ。

2014-08-07

The G/9 Group / Brazil Now!


セルジオ・メンデス&ブラジル'66が大当たりしているのを見たCBSレコードのひとが、ああいうのをうちでもと考えて、ブラジルのミュージシャンたちに作らせたアルバム(とライナーノーツにはあります)。1968年のリリース。
内容は、当時のブラジルでのヒット曲・有名曲を中心にした、特に変わったことをやるわけでもない、歌物のジャズボッサです。しかし、非常に演奏が的確。特に鍵盤ですね。ちょっとラウンジっぽいのですが、歯切れのよいタッチが効いています。また、録音もスモールコンボの表情が生き生きと捉えられていて、それが親しみやすさに繋がっているかと。

これを聴いていると、ブラジル'66ってのはやっぱりアメリカン・ポップだよなあ、と思う。このG/9グループというのも取り上げているのはわかりやすい曲ばかりだし、英語詞で歌ったりもしているのですが、サウンド自体はあまり米市場向けには寄せていないような気がするのですね。あくまでブラジルのポップス、そこから海外受けの要素を切り出したもの、という印象で。

ともかく、いいグルーヴがポップスとしての明快さをもたらしている、そんな一枚です。マルコス・ヴァーリの米制作盤「Samba '68」と共通するテイストも感じますよ。
特にジョアン・ドナートの曲 "Sambou...Sambou" が、メロディの良さが際立っていて、とても気に入っています。絶妙なレトロ風味も気持ちいいな。

なお、このアルバム、独Sonoramaからのリイシューでは音飛びがあったそうなんですが、僕の持っている国内盤では修正されているみたい。

2014-08-01

Peggy Lipton / The Complete Ode Recordings


女優、ペギー・リプトンがルー・アドラーのOdeに残した音源が米Real Gone Musicよりまとめられました。内容はというと、唯一のアルバムに、それより後にシングル・オンリーで出された4曲、更には未発表曲も4曲というなかなかの充実ぶりです。


アルバム「Peggy Lipton」は1968年リリースで、この頃彼女は21、2歳だったよう。プロデュースはルー・アドラー、管弦も惜しみなく使ったアレンジはマーティ・ペイチ、演奏はLAのセッションマンであって、しっかりと作られたポップスになっています。

収録曲全11曲のうちキャロル・キングのものが5曲、ローラ・ニーロが2曲取り上げられていて、残る4曲が彼女の自作であります。ペギー嬢自身がキャロルやローラから影響を受けていたそうで、自作曲はいかにもそれ風のもの。そこそこの出来ではあるものの、本家の曲と並べてしまったことで逆に見劣りがしている感じも。
一方で、ボーカルなんですが、これは、うん、うまくないです。軽めの曲調のものではそんなに気にならないのだけれど。とはいっても、キャロル・キングの歌だっていい勝負ですが。もう少し声にキャラクターがあれば良かったかな。

なんだかろくなことを書いてませんが、いずれも本職のミュージシャンとして考えた話であって、女優さんの余技としては作曲・歌唱とも十分以上なものであるかと。「名盤」とか「傑作」を期待しなければ、選曲やゴージャスなプロダクションにも助けられて、全体としてはなかなか聴けるアルバムだと思います。


また、シングル曲や未発表のものはアルバムよりも軽快なつくりであって、個人的にはむしろこっちの方がいいのではないかな、と。アルバムは年齢の割に落ち着きすぎのような。
中でもジム・ウェッブが書き、アレンジを手がけた "Red Clay County Line" がいかにもな感じで、悪くない。
そして、ペギー・リプトンの自作曲である "I Know Where I'm Going" は'60年代らしいフックがあるメロディで、これは良いね。