2015-12-31

クリフォード・シマック「中継ステーション」


アメリカの片田舎で周囲とは没交渉で暮らす、元軍人のイーノック・ウォレス。彼は百二十年以上生きているはずなのに三十歳にしか見えなかった。まぎれもない地球人だが、銀河中に存在する星々を結んだルート上の中継ステーション、その地球における管理人でもあったのだ。


1964年に発表された作品で、さまざまなアイディアが盛り込まれているのだけれど、今の感覚からするとSFよりはファンタジーといったほうがいいか。
高次の文明・文化を持つ異性人たちと交流を重ねることで、地球に属しながらそれを外側から見ているような感覚を持つように至ったイーノック。特殊な立場ではあるが、自身もそのあり方に充足しているようであった。だが、CIAが不老の男の存在を嗅ぎ付けた事が、やがてステーション存続の危機を呼び込んでいく。そして、イーノックはそれまで育んできた異性人たちとの関係を取るか、地球を取るかの選択を迫られることになる。

裏のないキャラクター(聾唖の少女、ルーシーなど善そのものといった感じ)、臆面もないロマンティシズムには乗り切れないところがないではない。寓意が見えてしまうのもやや興醒めだ。けれど、一方でそれらが作品にいきいきとした力強さを与えているのも確かであるよね。

事件はさらには銀河系全体を巻き込む危機にまで発展していくのだが、その舞台が一貫してウィスコンシン州の僻地から出ることがない、というのが凄い。そしてさまざまな出来事を経ながらも、物語はイーノック自身の心のありかた、アイデンティティの問題とともにある。ここら辺り、時代が一周回って現代的かも。

壮大なスケールを有しながら手触りは暖かく、しみじみとした叙情を残す作品であります。いい本だ。
ところで、シマックでは『都市』というのが有名ですけど、あの作品には後から一章が付け加えられたという話で。個人的にはあれ以上の終わり方は無いとは思うのだけれど、完全版として新訳が出されることがあれば読んでみたいですね。

2015-12-21

Herb Alpert's Tijuana Brass / Whipped Cream & Other Delights


ティファナ・ブラスの4枚目のアルバム、その50周年盤。ハーブ・アルパート自身のレーベルからのリイシューです。「REMASTERED FROM ORIGINAL ANALOG TAPES」 と謳われていて、ボーナストラックもライナーノーツも付いてませんが、音は確かにいいですよ。
ティファナ・ブラスというのはそもそもがスタジオ・プロジェクトであって、ライヴではともかく、レコードに関してはハリウッドのセッション・ミュージシャンたちによる演奏です。

ポップ・インストゥルメンタル、というのかしら。肩が凝らずに聴ける気持ちのいい音楽ですな。メキシコ風味が決して泥臭さになっていないのは、プロデューサー&アレンジャーであるハーブ・アルパートのセンスによるところが大なのでしょうが、個人的にもA&Mレコードと聞いてまず初めに浮かぶのはこのサウンドなんですね。明るく軽やか、時にユーモラス。

このアルバムでは食べ物についての曲ばかりを取り上げているようで、その辺りも何だか洒落ているじゃないですか。うち、我が国では "Bittersweet Samba" が突出して知られていますが、米本国では "A Taste of Honey" が大ヒット。いかにもハル・ブレインらしい、華やかで力強いドラムはすぐにそれとわかるものです。
また、アラン・トゥーサン作の "Whipped Cream" の洗練なんて、バカラック的ですらあって、とても好みですよ。

全体を通しても27分くらいか、その短さも丁度いい。
'60年代アメリカ中流階級の豊かさ、そんなことまで考えてしまう。このスムースさにはもうなんか、降参って感じですわ。


2015-12-20

アガサ・クリスティー「鳩のなかの猫」


新学期になって全寮制の女学校、メドウバンクに新しい生徒や新任の教師たちがやってくる。一方、それに先立って中東のある国でクーデターが起こり、このときに非常な価値をもつ宝石が消失してしまう。そして、その行方に関する手掛かりがメドウバンク校にあるようなのだ。かくして、ある組織の男が身分を秘して送り込まれるのだが、やがて殺人事件が。


1959年、良家の娘を対象にした女学校を舞台にした長編。一応、エルキュール・ポアロも出てきます。
『鳩のなかの猫』というタイトルは英国の言い回しらしく、鳩の群れの中に猫を放り込む、すなわち騒動を起こす、と。メドウバンクの生徒や教師たちが鳩であり、そのなかに猫が潜んでいるということだ。
国際的な問題を背景にしたスリラーとして展開する今作、女史のこの系統の作品の例に漏れずディテイルはゆるゆる。しかし、人物は印象的だし、ユーモアの配分も上々であって、快調に読み進めていけます。

物語全体の七割くらいまで来たところで、ようやくポアロが登場。自信に満ちたキャラクターであるポアロは頼もしいのだが、一方でその存在によってここまで魅力的に描かれていたある人物の影がとたんに薄くなってしまうという面もあります。
また、ミステリとしては意外性をはらんだつくりであるけれど、伏線らしいものがなさすぎる。実はこうでしたよ、と言われてもあまり感心できないなあ。
正直、ポアロは出さないほうが良かったのでは。

スリラー要素と謎解きがうまく嵌らなかったという印象を受けました。それでも雰囲気の良さ、お話作りのうまさでクリスティのファンならそこそこ楽しめるとは思います。

2015-12-13

The Beach Boys / Beach Boys' Party! Uncovered and Unplugged


「Beach Boys' Party!」(1965年)のなんというか、アウテイク集2CDであります。
実は、ビーチ・ボーイズの作品中でも「Party!」にはそれほど思い入れがないのですよ。元々がキャピトルからのリリース要請をしのぐために制作されたものであって、曲はカバーばっかだし、演奏・アレンジとも非常に簡素。だから今回のリリースのことを知ったときには、意外に思いました。「Pet Sounds Sessions」や「SMiLE」の次がこれなの? という。
ところでタイトルには「Unplugged」とあるけど、いくつかの曲ではエレクトリック・ベースも使われています。

ディスク1最初の12曲はアルバム収録曲を、パーティ・ノイズを入れずにステレオ・ミックスしたもの。ちなみに「Party!」のオリジナルはモノラルしかなかったのだけれど、三年前にモノ&ステレオの形でもリイシューされています。
実際、聴いてみてどうだったかというと。クリアさは劇的に向上して、ディテイルまでくっきり。中でも2曲のスロウ、エヴァリー・ブラザーズの "Devoted To You" とクリスタルズの "There's No Other (Like My Baby)" は美しさが際立つ仕上がりになっていて、いいですね。


あとはセッションからのものが69トラック(会話を除くと50トラック)、時系列順に収録されています。特にアルバムに入らなかった曲はなかなか新鮮です。ストーンズの "(I Can't Get No) Satisfaction" なんて、なんとかして詰めようとしている。ビートルズ、ディランを取り上げてるので、ストーンズもひとつ入れたい、というところだったのでしょうか。また、既発曲では "Hully Gully" のリードを取るのが最初、マイクでなくブライアンであって、これは嬉しい。
ただ、全体に楽しげな雰囲気はいいけれど、なんとなくその場の思いつきで歌っているような曲もあって、ビートルズのゲット・バック・セッションに通じる締りの無さも感じるのな。会話だけのトラックなんてヤンキーがただ騒いでいるようで、こんなにたくさん入れるなよ、という気はします。

なおライナーノーツにおいて、「Party!」のアイディアはジョニー・リヴァースのライヴ盤「At The Whisky A Go Go」(実際にはウェスタン・レコーダーでスタジオ録音された)にヒントを得たのではないか、と書かれていますよ。

2015-12-06

ジョン・ディクスン・カー「髑髏城」


1931年発表になる第三長編で、アンリ・バンコランもの。新訳決定版と謳われています。
旧い版では文章の脱落があった、という話も聞いたことがありますが、その割に今回のものの方がページ数は減っているのね。

頭蓋骨をかたどった奇怪な城〈髑髏城〉、その持ち主であった高名な魔術師はありえないような状況で死亡していた。それから17年後、髑髏城を継ぎ受けた男が火だるまになりながらその城壁で最期を遂げた、という話。
事件といい、怪奇趣味が凄いですな。髑髏のお城って。

バンコランものの常としてユーモア味には乏しいのですが、そのかわりに臆面もないロマンティシズムが横溢。茫洋として雰囲気たっぷりの情景描写、バンコランの真意を汲み取りにくい発言、事実なのか比喩なのか判断しにくい表現などからは、ゴシック的なものも感じ取れます。
また、本作品ではバンコランの好敵手として、ドイツの捜査官アルンハイムが登場。ふたりは紳士的に振舞いながらも、互いに激しい火花を散らしつつ事件の解決を競います。はじめのうちはバンコランが先手を取っているように見えたものの、ある時点でアルンハイムは24時間以内に犯人を逮捕すると宣言。静かな面持ちでそれを聞いているバンコランでありましたが。

不可解で奇怪な事件はどうして起こされたのか。飛び切りのホワイ? ですが、正直これは推理のしようがないかな。
その一方で、フーダニットとしては細かい手掛かりを基にしながら、意外性もある謎解きが楽しめます。

推理合戦という趣向もいいですが、大時代的な雰囲気や道具立てなど伝奇的な部分も込みでの娯楽編として読むのが吉かと。

2015-11-30

フィリップ・K・ディック「ティモシー・アーチャーの転生〔新訳版〕」


1982年、ディックの死後まもなくに発表された長編。

タイトルであるティモシー・アーチャーはカリフォルニアの主教という設定で、この作品の開始時点では既に故人となっている。語りはティモシーの息子(彼も亡くなっている)の妻、エンジェル・アーチャーによる回想を中心としたもの。女性が主人公というのはディックにしては珍しい。

内容を乱暴に要約すると、エンジェルのまわりにいる頭のいかれた人々がその運命に囚われ、死んでいく物語だ。だから、雰囲気はペシミスティックなものにならざるを得ない。
小説として動きが少ない分、ナラティヴは非常に饒舌。一方で『ヴァリス』『聖なる侵入』と違うのは、エンジェル自身は宗教的なものを少し距離をおいて見ているところであり、その分わかりやすくはある。

エンジェルの周囲の人々が死んでいったあと、終盤に差し掛かったところで、作品の冒頭の時点に戻ってくる。ここからちょっとした展開があります。ある意味で『ヴァリス』とリンクするような。ただし、本作はSFではない。故に、現実に起こってしまったことを覆す手立てはもはや存在しない。

正直、娯楽性には乏しい作品だ。けれど、ディックは自身が抱えていた問題に対処するのに、ここでは安易な救済に逃げなかった。明確な意思を感じさせる結末が生む、じわじわとした感動はそのためだ。
『ヴァリス』や『聖なる侵入』を自ら批判し、それを乗り越えた。キャリア末期の作品群ではこれが一番かもしれないな。

2015-11-22

エラリー・クイーン「摩天楼のクローズドサークル」


飯城勇三氏監修のエラリー・クイーン外典コレクション、『チェスプレイヤーの密室』に続く第二弾です。代作者はリチャード・デミングで、デミングはクイーンのペーパーバック・オリジナル29作品のうち10作を手掛けているらしい。

帯の文章にはこうあります。
高層ビルの執務室で
男が死体となって見つかり
直後、ニューヨークを大停電が襲う――
現場にたどり着いた隻眼の探偵は
さまざまな証言の中から
犯人を追い詰めていく
なかなか面白そうに思える。
なお、「隻眼の探偵」といっても麻耶雄嵩作品の御陵みかげみたいなのではない。本作に登場するのはティム・コリガンというニューヨーク市警の警部で、体格のいい中年男。片目には眼帯をしている。このコリガンは6作品で登場するそうで、『摩天楼のクローズドサークル』はその最後の作品ということだ。

大停電のさなか、自殺の通報を受けたコリガン(と相棒のチャック・ベア)はなんとか現場に辿り着く。そして調査の結果、自殺は偽装であったことが判明。しかし、停電の影響で鑑識さえも来ることができない。コリガンは当座のうちは殺人の事実を隠したまま、ロウソクやランタンの光の下で関係者たちの証言を集める。

設定は目を引くものの、経過は実に地味です。誰に動機と機会があったかを洗い出していくのだが、有力な手掛かりも浮かんで来ず、ミステリらしいフックがあまり感じられない。
作品全体の3分の2くらいまで来たところでようやく事件は新たな進展を見せ、更には夜が明けると停電も解消される。ここから通常らしい警察の捜査が始まります。正直、もう少し展開は早くならないものか、とは思いましたね。

謎解きのほうはフェアで、かつ停電が有機的に絡んでいるという点でユニークなもの、なんだけれど小粒な感じも否めない。せいぜいが短~中編を支えるくらいのアイディアではないかと。誤導にはなかなか巧いものがあるのですが。

丁寧に構成されていて悪くない作品だけれど、ハードカバーで買って読むとしたらやっぱりマニア向けですね。

2015-11-15

XTC / Oranges & Lemons


さあて、XTCのリイシュー・シリーズ、CD+ブルーレイ版「Oranges & Lemons」(1989年作)であります。なんだかプレイヤーによってはブルーレイ・ディスクが動作しないそうですね。うちの中華製のやつでは特に問題ありませんでしたが。

内容はリミックスにオリジナル・ミックス、カラオケ、デモやリハーサル、そんでもってプロモ映像とか。
うちにはサラウンド環境がないので、ステレオ・ミックスしか聴けないんだけど。新ミックスはドラムが前面に出ていてパワフルな印象で、これは好みが分かれるかも。そんでもって、曲によっては今までは埋もれていたようなコーラスが前面に出ていて、よりカラフルになっています。
オリジナル・ミックスはフラット・トランスファーであって、新ミックスと比べると音圧が控えめなのだけど、今回聴き直してみて、これも決して悪くないと思いました。というか、新ミックスが従来のイメージを尊重しながらも奥行きとディテイルを付け加えた、という感じですかね。
カラオケはまあ、一回聴けばいいか。



で、大量にあるレア・トラックですね。
<Album In Demo & Work Tape Form>は収録曲全てのデモ。これは結構、ブートなんかで聴いたことのあるひとも多いんじゃないかな。だいたい打ち込みドラムにベース、ギター2本くらいで演っていますが、曲の基本的な構成はほぼ固まっているので意外なものはあまりないすね。あえて挙げるなら "Garden Of Earthly Delights" がエスニック臭がよりむき出しというか、アングラっぽくて面白いです。また、"King For A Day" は内省的な表情が感じられるもの。
<Extra Demos & Works Tapes>はもっと初期段階のデモ集であって、シングル・オンリーや別名義で出されたものなんかも含め、この時期に残された録音をざっくりとさらっているという感じ。ヴァラエティもあって、今回のレア・トラックではこの部分が一番の聴き所では。しかし、2つある "The Mayor Of Simpleton" の初期ヴァージョンはタイトルが同じだけでまるっきり別の曲だな。
<Rehearsals At Leeds Studios L.A.>はレコーディング入りする前のリハですかね。スタジオ・ライヴのような感触。
<Promo & ID Work>アメリカやカナダのラジオ向けのプロモーションメッセージではなぜかビートルズの "Blackbird" やミュージカル曲の "Happy Talk" なんかを演っています。またゲフィンのオムニバス盤に収録されたクリスマス・ソング&メッセージも。
<Other Recordings>はここまでにくくりに入らないもので、キャプテン・ビーフハートのトリビュート盤に収録された "Ella Guru" のカバーや、マージービートな佳曲 "My Train Is Coming" に別ミックスが少々。あと、このセクションでリモコンの右カーソルを押すと隠しトラックが再生されます。



映像としてはプロモ・クリップと、"The Road To Oranges & Lemons" と題された、ここまでのXTCの歩みを人形劇で振り返るという内容の実に馬鹿馬鹿しいビデオが収録。
お気楽スパイ映画風の "The Mayor Of Simpleton" が意外に楽しいのだが、UKとUSヴァージョンで随分と編集が違うのを見て、レコード会社も力を入れて売ろうとしていたのだなあ、と思いました。



このアルバムはある時期に凄くよく聴いていたために、良し悪しとかはもうあまり分からなくなっている。距離をとって接することができないのですな。改め聴いても、"King for a Day" は「Skylarking」に入っていてもおかしくない曲だよね、とかその程度のことしか思い浮かばない。
そうそう、"Hold Me My Daddy" は昔から好きだったけど、エルヴィス・コステロが扱いそうなテーマの曲でもあるな。いい年のおっさんになってから聴くとやけに染みることよ。

"hold me my daddy, I forgot to say I love you"

2015-11-14

Van Morrison / Astral Weeks


ヴァン・モリソンの初期のソロ・アルバムから2作がリイシューされました。「Astral Weeks」(1968年)と「His Band And The Street Choir」(1970年)で、それぞれ未発表のものがボーナス・トラックとして追加されています。

パッケージは紙ケースというかデジスリーヴなんですが、随分と落ち着いた色合い。
マスタリングのほうは音圧控えめであって、鮮烈さはないけれど、アナログ的というか。心地よくてずっと聴いていられる。試しに「Astral Weeks」を日本独自でリマスターしたものと聴き比べてみたところクリアさではいい勝負、けれど、奥行きや楽器の自然なバランスは新しいやつのほうに分がありますね。


「Astral Weeks」はジャズ畑のミュージシャンを従え、基本的な部分はわずか二日のセッションで録音されました。
ライナーノーツを読むと、あまり打ち合わせをせず、ただ曲を教えて、それをプレイしたという感じであったそう。ベースのリチャード・デイヴィスはセッション・リーダーの役割を果たしていたようなのだけど、モリソンとは一言も喋った覚えがないという。
その演奏はアコースティックなものであり、グルーヴだけ見ればガタガタなのですが、その分自由度が高く、モリソンの歌声も無理がなくて伸びやか。R&Bの要素がほとんど見られず、かといって決してジャズでもフォークでもないという特異な作品です。
何より、この暖かで美しい感触や響きはちょっと他では得難い魅力じゃないかな。

今回のボーナストラックでは、"Beside You" のファースト・テイクが繊細で印象的ですね。また、ストリングスがオーバーダブされていない "Madame George" も味わい深くて、なかなか。

2015-11-08

アガサ・クリスティー「無実はさいなむ」


2年前に義母を殺した咎で逮捕され刑務所の中で病死した男、ジャッコは実は無罪だった。学者であるキャルガリは暫く英国を離れていたため事件のことを知らずにいたのだが、ジャッコのアリバイを証明することができたのだ。キャルガリは新事実を告げにジャッコの家族たちに会いに行く。だが、彼らにとってジャッコの無罪は決して歓迎したくない事態のようであった―。


1958年発表になるノン・シリーズ長編。過去の事件の再調査ものですが『五匹の子豚』のように回想シーンが続くわけではない。心理的な要素を強調するための趣向かな。
故人であるジャッコは一家の厄介者で、犯人としてふさわしい存在であった。そして、ジャッコが無罪であったとすれば当然、他に真犯人がいるというわけだ。家族たちはお互いに疑心暗鬼になり、静かに不安が高まっていく。

ミステリとしては鮮やかな解決シーンが楽しめるものですが、犯人が自ら墓穴を掘るようなところがあって、推理の妙だけを取ればやや軽め。それでもドラマを書き込むことによるミスリードというか、登場人物を単なる駒として扱いつつ、それを気取らせないのはキャリアの賜物かな。
また、犯行シーンのひとつにはとても大胆かつ印象的なものがありますね。

50年代のクリスティ作品には出来にムラが大きいように思うのですが、これは力の入ったものでした。
派手さはありませんが、面白かったす。

2015-11-01

Georgie Fame / Fame At Last


引き続きジョージィ・フェイムのボックス・セットを聴いていますよ。
この時期のアルバムはみな、モノラル・ミックスしかないと思われていたのだけど。今回のボックスでは「Fame At Last」のみ、レアであろうステレオで収録されています。綿密なテープリサーチの成果でしょう、音のほうも非常にクリア。新鮮な印象を受けました。

その「Fame At Last」は1964年にリリースされたセカンド・アルバム。軽快さ、洒脱さならこれかな。フェイム独特のセンスの上でジャズとソウルが違和感無く並んでいるさまが格好いい。米国産ジャズのアルバムを模したようなジャケットもまたクール。
この次の「Sweet Things」(1966年)ではジャズ色が薄まり、ぐっとソウル寄りに。さらに同年に出された「Sound Venture」では逆に、ビッグ・バンドを従えたボーカル・アルバムになっていて。それら二枚の方がトータリティは勿論、プロダクションがしっかりしているとは思います。
一方で、「Fame At Last」にはとっ散らかった部分はあるものの、普段演奏しているレパートリーをそのままやったような勢いの良さを感じる。

取り上げている曲はカバーばかりですが、解釈というよりも自分のスタイルの中に落とし込んでいるといった感じであって、無理が無い。技術的にはそれほどうまいと思わないのだけど、とてもこなれている気がするのね。
特に "Point Of No Return" がお見事。キング&ゴフィン作のポップソング、それをジャズ風に仕上げて、ちっとも嫌味にならない。フェイムのキャラクターのせいもあるのだろうけど、粋というか、大人な感じがしますな。

2015-10-26

アガサ・クリスティー「招かれざる客」


田舎に旅行中の技師、スタークウェッダーは道に迷ってしまったために、助力を求めてたまたま目に付いた屋敷に入っていく。すると、そこには主人である男の射殺体があり、そばでは男の妻であるローラが、銃を持って立ちつくしていた。スタークウェッダーはローラの境遇に同情し、外部からの強盗があったかのように現場を偽装する。


1958年発表の戯曲。読み物としては長めの中編、というボリューム。
序盤は倒叙ミステリのように進行していくのだが、警察の捜査が始まると不可解な手掛かりが見つかっていき、事件の様相が変わってくる。
さまざまな疑惑を搔き立てつつ興味を引っ張っていき、関係者の誰が真実を語っているのか、あるいは無実なのかが分からなくなってしまう。小説なら叙述トリック等を使わない限り、なかなかこうはいかないと思わせる感覚であり、ここら辺りが内面描写の無い、戯曲の特長であるのだろう。

物語は終盤、大きな展開を経た後に、盲点を付いた綺麗な収束を見せます。物語の最初のほうで感じたある違和感が、ここに至って解消されるのもいい。
シンプルなアイディアを効果的に生かした、良い出来の作品でした。

2015-10-25

Georgie Fame / The Whole World's Shaking: Complete Recordings 1963-1966


ジョージィ・フェイムがコロンビア在籍時代に残した音源のコンプリート・ボックスです。
四枚のオリジナル・アルバムにそれぞれボーナス・トラックが付き、さらに未発表のものを多く含むレアトラック集が一枚の5CDで、全106曲入りになります。
パッケージもしっかりしたつくりであって。ハードカバーのブックレットには珍しそうな写真に力のこもったライナーノーツ。ミックジャガーと談笑しているポスターや大判のカードなんかも付いていて。いかにも華を感じさせるたたずまいでありますね。


この時代におけるジョージィ・フェイムはむしろ日本でのリイシューが先行していて、欧米ではアルバムのフォーマットを残した再発は今までなかったのではないかな。そういうわけで、今回のオリジナル・マスターからのリイシューはまさに待望のもの。
の筈だったのだが。

ディスク1、デビュー作であるライヴ盤「Rhythm And Blues At The Flamingo」の音質がびっくりするくらいしょぼいです。以前から出ている日本盤CDのほうが(不自然なところはあるけれど)ずっといい。テープ・リサーチは時間をかけて徹底的にやったそうなので、他のアルバムはいい音なんですよね。けれど、コロンビア時代で一枚といえば、このライヴ・アルバムだと思っているのですよ、僕は。
勿論、スタジオ録音作もスマートで格好良いんだけれど、このフラミンゴ・クラブでのライヴではジャズやR&Bだけでない、有色人種娯楽音楽の闇鍋、といった雰囲気が横溢しているのです。ユーモラスなパーソナリティも伝わってくるようで、とにかく楽しいのだな。
だから、この音質はやっぱり残念。ボーナス・トラックにこのライヴ・レコーディングの未発表インストが入っていて、それはまともな音をしているんだけどなあ。


まあ、ちょっとケチをつけちゃいましたが、内容としては文句が無いのです。
若き日のフェイム、その伊達男っぷりを堪能できそうなボックスではあることよね、うん。

2015-10-19

Ricci Martin / Beached


1960年代のアメリカに、三人組のポップグループでディノ・デシ&ビリーというのがいました。メンバーのうちビリー・ヒンチは'70年代以降、ビーチ・ボーイズとともに活動していきます。一方、ディノ・マーティンはシナトラ・ファミリーであるディーン・マーティンの息子でした。
そして、そのディノの弟、リッキー・マーティンが1977年にリリースした唯一のアルバムが「Beached」です。米Real Gone Musicからのリイシューはヴィク・アネシーニによるマスタリングで、ボーナス・トラックとしてステレオ・シングル・ヴァージョン2曲に、同曲のプロモ用モノラル・ヴァージョンが追加されております。

レコード制作はリッキーの自作曲を耳にしたカール・ウィルソンがもちかけたそうで、プロデュースはカールとビリー・ヒンチが担当。レコーディングは1975年から'77年にかけてビーチ・ボーイズ所有のブラザー・スタジオで行われました。ビーチ・ボーイズからはカールの他にデニス・ウィルソンが、またシカゴのメンバーやヴァン・ダイク・パークス、ジミー・マカロックらも演奏に参加しています。
収録曲は全てリッキーのオリジナルで、これが意外なほどメロディのいいものが揃っています。サウンドの方は'70年代中期のビーチ・ボーイズを軽やかでメロウにした感じといったらよいか。ストリングスを配したスロウでは同時期に制作されていたデニスのソロ・アルバムを思わせるところも。

リッキーのボーカルは正直、線が細いものであって、カール・ウィルソンのような美声でもなければ、デニスのような深みもない。けれど、その頼りなげな歌声が当時のビーチ・ボーイズと共通するような成熟したサウンドに乗っかることで、儚さや脆さをロマンティックに表現した作品になっていると思います。
カリフォルニア・ポップの中でシンガー・ソングライター的なテイストが生きている、いいアルバムです。

2015-10-18

ランドル・ギャレット「魔術師を探せ![新訳版]」


自然科学のかわりに魔術が発達した平行世界、そのヨーロッパを舞台にした中編三作が収録。設定は現代ですが、描かれている生活は中世を思わせるものである。


「その目は見た」 魔術で何かできるかについてのフェアな説明によって、異世界ものとしてのルールをわかりやすく飲み込ませてくれます。一方で、ミステリとしての骨格は意外なくらいにオーソドックスなフーダニット。
関係者が限られているために意外性はそれほどないのだが、伏線は丁寧。驚くようなミスリードで煙に巻き、それをしっかり納得させる解決はこの作品世界の特性を生かしたものですね。

「シェルブールの呪い」 不可解な状況での人間消失事件、それが思いもよらない展開を呼び込んでいく。問題になる人物をめぐる奇妙なシチュエーションは、エラリー・クイーンのある長編を思わせるようで、ちょっとそそられる。
スパイ活劇風の味付けも楽しい一編ですが、ひねりの利いた状況が魔術そのものによるものではなく、魔術が存在するために起こってしまった、とするところが巧い。

「青い死体」 家具職人の工房から出荷されようとしていた棺桶、その中から全身を青く染められた何者かの全裸死体が発見された、というもの。
強力な謎とともに、解決のほうもこれが三作中で一番複雑ですが、魔術がここでは単にみせかけとして利用されている、というのが逆にスマートに感じられます。


異世界構築がしっかりとなされ、魔術の仕組みの説明も疑似科学っぽくて面白い。そこで行われる謎解きは手堅いものですが、意表を付いた手掛かりにはこの世界ならではのものがあります。
どれも非常にユニークでうまくできている中編集でした。

2015-10-14

有栖川有栖「鍵の掛かった男」


有栖川有栖の書き下ろし新作は、火村英生を探偵役に据えたものとしては今までで一番長い作品です。
最初に手にした感じではそんなに量があるようには思えなかったのだけれど、使われている紙が薄いのですね。しっかり500ページ以上あります。

知人が亡くなったのだが、自殺として処理されたことに納得がいかないので再調査してくれないか、という依頼をアリスが受ける。火村は大学での仕事が忙しく、電話で進捗を連絡することはあるものの、物語の前半はアリスの単独行で進みます。
故人は自分の過去については秘密にしていたようで、それを掘り返していくのに多くが費やされていく。その聞き込みを中心にした調査は私立探偵小説風だ。一方で、対象になる事件については公的には既に片付いていることや、その根が過去にあるということからはクリスティっぽいテイストを感じます。
果たして死んだ男はどういった人間だったのか。それがじわじわと明らかになっていく過程は地味ながらもスリリング。しかし、自殺という見解を覆す手掛かりがなかなか見えてこない。

現在の事件についての本格的な検証は物語後半、火村が登場してからになる。謎解きの興味が一気に強くなり、進展のギアが上がったという感じで、それまでとの対比も鮮やか。
問題となる人物の正体にはある程度見当がつくかもしれない(途中まで僕は違う可能性を考えていました。本人が名乗っていたのとは全くの別人がなりすましていたというそれです)。しかし、フーダニットとしては本当に取っ掛かりがないように思えるのだ。
最後の最後になって、非常に控えめなかたちではあるけれど〈読者への挑戦〉が登場。そして、シンプルな手掛かりから導き出される意表を付いたロジックが、犯人をダイレクトに指し示す。

徐々に解かれる謎と一気に解かれる謎、その絡み方がとてもいい。
奥行きが感じられ、読み応えのあるミステリでした。

2015-10-08

The Pete Jolly Trio / Little Bird


西海岸ジャズ、といっても実は余りくわしくはないのだが。ピート・ジョリーはセッション・ミュージシャンとしても活躍したピアニスト。そのプレイは凄く精確で、ゆえにタッチもとても軽やか。1963年にリリースされたこのアルバムも、全体によく歌うけれど、しつこいところのない洒脱な演奏が楽しめます。3曲で参加しているギターのハワード・ロバーツも出しゃばらず、ほんと役目をわきまえたサポートという感じ。

収録曲のうちでは2曲ある自作のものが良くて、特にタイトルになっている "Little Bird" が格好良くも陰影豊かなジャズボッサであり、中間部で低音を効かせる展開などは、ちょっとフランソワ・ド・ルーベを思わせるスリリングさ。
また、有名曲では "My Favorite Things" なんて取り上げていますが、独特の解釈ながらノヴェルティにとどまらないセンスを感じさせてくれる仕上がりです。

ところで、このアルバムの三曲目ではミュージカルの "Never Never Land" なんかも演っていて、この曲はトッド・ラングレンの「A Wizard, a True Star」(1973年)で知ったんだよなあ、なんて思っていると。アルバム後半に入っている "Toot Toot Tootsie (Goodbye)" という曲のメロディもなんだか覚えがある。これもトッドの「A Wizard, a True Star」なんだが、"Just Another Onionhead" という曲に組み合わさっていた "Da da Dali" がそっくり。調べてみたところ、この "Toot Toot Tootsie" も古いミュージカル曲でありました。トッドの "Da da Dali" はその替え歌、ということか。いや、思わぬ発見でした。

まあ、それを置いても、抜群の技巧とちょっとポップなテイストの加減が良いアルバムですね。

2015-09-26

E・C・R・ロラック「曲がり角の死体」


「クリスティに比肩する、もう一人の女王」ロラックだが、もうさすがにそんな、過大な期待をしているひとはいないだろう。
本作は1940年発表。

扱われているのは車中での交通事故死のように見えたのが実はガス中毒だったという事件です。フーダニットとしての他、偽装にどんな方法が使われたのかと、事件直前における被害者の行動に空白の時間がある、というのがミステリ的な興味ですね。
マクドナルド警部の捜査はひとつひとつの疑問に対して仮説を立てては、それらを裏書してくれそうな証拠を探すといった感じで、突拍子もないような可能性をあげることもなく、いかにも警察小説らしい堅実なもの。
その一方で、土地の人々が勝手に犯人を推測をしては気をもむ描写が挟まれるのですが、彼らはマクドナルドも知らない事実をつかんでいるようで、あなどれない。

しかし、地味ちゅうか、なんでしょうね。いまひとつ盛り上がらない。ようは事件そのものに個性が乏しく、犯人の危険なイメージも浮かんでこないのですね。また、マクドナルド警部がいかにすばらしい紳士であるかを強調するあまり、やりとりがまだるっこしくなり、スピード感が著しく削がれている。その割りに余り魅力的なキャラクターに感じられないのだな。
どうしたもんだろうな、と思って読み進めていると、物語後半に入って、なんだか思ってもみなかった方向に話が進んでいきます。オフビートといってしまってよいのか。さて、いったいどういう風に収束するのか。

謎解きとしては小さな齟齬を起点にした非常に手堅いものなのですが、創元推理文庫から今までに出た3作のうちでは、これが一番きっちりと組み立ててあるように思います。サプライズはバレバレだけれども。

う~ん、英国らしいよねえ。この不器用さをしみじみと味わうのが正解なんでしょうな。

2015-09-23

ヘレン・マクロイ「あなたは誰?」


「ウィロウ・スプリングには行くな。君はあそこじゃ邪魔者なんだ」
匿名の電話による警告にもかかわらず、婚約者の実家へと向かったフリーダ。だが、そこでも再び不安を掻き立てる電話があり、彼女の部屋が何者かに荒らされる事件も。そして、ついには殺人が。


1942年発表になる、初期のベイジル・ウィリングもの。
ウィリングは「地方検事局の顧問」であり「犯罪捜査に心理学を応用したアメリカで最初の精神科医」と紹介されています。

作品自体が全篇、非常に心理学的な要素が強いものであり、それがトリッキーなプロットとも密接に絡み合っています。
それでいて、終盤には正統的な謎解きの展開が待っているのだから嬉しい。もう残り60ページくらいしかないところで、ウィリングは言う。
「皆さんの中の一人がそうなのです。しかし、誰なのかは私にも分からない」

真相は一捻りあるもので、振り返ってみれば犯人ではない登場人物の心理描写にも細心の注意が払われていたことに気付きます。また、ミスリードも手が込んでいて。特にミステリを読み慣れた人ほど、アンフェア気味な飛び道具の可能性を疑うんじゃないかな。

独創的かつ、とても力のこもったパズラーだと思いましたよ。本当、近年に訳出されているマクロイ作品には外れがないですね。
なお、巻末の訳者による解説は非常に熱の感じられるものですが、他作家による有名作品の仕掛けを割ってしまってもいるので、若い人は注意したほうがいいかも。

2015-09-22

大山誠一郎「赤い博物館」


なぜか閑職についているキャリア女性警官が迷宮入りした事件を割りに簡単に解決してしまうという、連作ミステリ。よく判らない設定だが、昔の捜査技術には限界があった、あるいは綿密な再調査をしようにも時間が経ちすぎていている、というハンディを利用することで、問題をシンプルなものにしているようだ。
なお、警察小説の形をとってはいるが、例によってリアリティはない。それなのに生臭いドラマを乗っけようとするから、上滑りのすること。


「パンの身代金」 一発目のこれでちょっとつまづいた。小説としてだけでなくミステリとしても相当に、いかがなものかと思うところがある。しかし、この作者は減点法で採点するとダメダメなのはいつものことだ。久しぶりに読んだので面食らったが。
思いもよらないトリッキーな構図と、しかし全くそれを支えきれていないゆるゆるなディテイルのアナーキーさが痛快。まあでも、この真相はしっかり捜査されたらバレるよね。

「復讐日記」 手記を使った構成が興味を引っ張るミステリ。凄く複雑な犯罪ではありますが、手掛かりがとても良く出来ているし、二段構えの推理も鮮やかに決まった。
あと、掃除のおばさんの記憶力が凄すぎ。

「死が共犯者を別つまで」 謎の導入が相当にお粗末なものの、交換殺人の共犯者を探る、というひとひねりした設定は魅力的です。
推理のほうは発端がいささか強引だが、そこから展開される光景が素晴らしい。作品冒頭でのちょっとした引っ掛かりが生きてくるのもいい。

「炎」 30ページちょっとと、今回では一番短い作品。そのためか、推理の根拠は薄弱といっていいものだ。殺人方法を巡るロジックは冴えているけれど。まあ、このサイズの短編ならありかな。

「死に至る問い」 26年の時を経て全く同じ状況で殺人が起こった、という奇妙な謎はなかなか好みです。
しかし、ハウダニットと同じ調子でホワイダニットをいじった結果、真相の説得力がなくなってしまったように思う。発想は確かに凄いんだけれど。


前作『密室蒐集家』が、まず意外な結論を叩き付けてから、そこに至った推理を展開していたのに対して、今作品では状況の腑に落ちない部分から推理を展開していき、その末に真相を開示、という作りになっている。つまり、着想よりもまずロジックに目を行くようになっているのだが、それにしてはあまりに粗すぎるのだ。やはり、はったりをかましてその勢いで押していく方が、この作者には合っていると思う。
凄く面白かったのだけれどね。

2015-09-21

Pugwash / Play This Intimately (As If Among Friends)


パグウォッシュの四年ぶりになる新作が出ました。今回もコンピレーション「A Rose In A Garden Of Weeds」に続いて、米Omnivoreからのリリース。いよいよ本格的に全米デビュー、ってところですかね。
制作は地元アイルランドではなく、ロンドンにあるキンクスのコンク・スタジオでなされ、エンジニアはガイ・マッセイが担当。

本作では準レギュラーになりそうなニール・ハノンの他にも、実に目立たない形でゲストが加わっています。
オープナーであるキャッチーなギターポップ "Kicking And Screaming" ではジェフ・リンが「シャウト」というかたちで参加していますが、これはムーヴの "Do Ya" で聞こえる「look out baby, there's a plane coming」というセリフのパロディのよう。
そして、レイ・デイヴィスとアンディ・パートリッジがバックボーカルを務める "Oh Happy Days" は「Village Green Preservation Society」期のキンクスに対するオマージュのように思えますね。なお、アルバムのデザインも、アンディ・パートリッジのアイディアを参考にしたものらしい。

その他もカラフルでいい曲が揃っています。キラキラしたネオアコ "Lucky In Every Way" の瑞々しさは格別だし、A&M的ボサノヴァ "Clouds" はバカラックを通り越してペイル・ファウンテンズのよう。"You Could Always Cry" ではカントリーっぽい味付けがメロディを引き立てているし、後期ビートルズな "Hung Myself Out To Dry" やマッカートニー的な楽曲とジョージ・ハリスンを思わせるサウンドがマッチした "Silly Love" などなど、いろいろと聴き所は多いね。

まあ、トータルで見ればそんなには変わっていない、いつものパグウォッシュなのですが。あえていうなら、全体的にはやや穏やかで、取っ付き易くなったかも。タイトル通りインティミットな感触ね。

2015-09-20

エラリー・クイーン「チェスプレイヤーの密室」


エラリー・クイーンのペーパーバック・オリジナルというのは、要は他人が書いた作品をクイーン名義で出したもので、これまではあまり関心が無かった。『恐怖の研究』にはフレデリック・ダネイが参加しているというけれど、あれも詰まらなかったもの。

そんなペーパーバック・オリジナルで未訳の26作品より内容の優れた3作がセレクトされ、〈エラリー・クイーン外典コレクション〉と銘打って出されることとなりました。監修はおなじみ飯城勇三氏。
『チェスプレイヤーの密室』はその第一弾で代作者はジャック・ヴァンス。1965年発表作であり、密室殺人が扱われています。クイーンで密室というとあれやこれや思い浮かびますな。本作品のものにはああいった捻った趣向はないけれど、その分、実に強固な謎が設定されています。

解説によれば、代作者を使ったペーパーバック・オリジナルのそもそものコンセプトが、それまでのクイーンとは違った傾向の作品を出して読者層を広げる、というものであったということです。
その一方で実作の執筆は、梗概の段階でマンフレッド・リーがチェックを入れては代作者に何度も書き直しを命じ、最終的に小説の形になった文章にもリーが徹底的に手を入れる、といったものだったらしい。
実際に読んでみると、確かにオーソドックスな謎解き小説なものの、作風というか展開からはクイーンぽさはあまり感じられない。あえて挙げるなら登場人物一覧がそれらしいか。

ミステリとしてはフェアプレイに配慮して、しっかり組み立てられたもので。密室トリックについては時代を考えればオリジナリティも主張できそうだし、手掛かりも面白い。プロットにも意外性があって、よく練られていると思います。
そういったように楽しめる作品なのですが、エラリー・クイーンのテイストを求める読書には向いていないですね。値段も安い本ではないし、うーん。

2015-09-19

The Dave Clark Five / A Session With The Dave Clark Five


デイヴ・クラーク・ファイヴ、1964年の英国ファースト・アルバム、日本独自のリイシューです。ボーナス・トラックには当時、日本盤に差し替えで入っていた4曲が追加されています。
発売元のオールデイズ・レコードというのはオリジナル発表後50年以上経った作品ばかりを扱っている会社であって、まあつまり、このCDもそういう類のものだ。
パッケージは紙ジャケットなのだが、写真の色味がきつい上にタイトルの位置が変更されている。さらには裏側のデザインはほぼ原型をとどめていなくて、これならプラケースの方が良かったなあ。

さて、肝心の音質のほうですが。
一聴して、インスト曲ではヒスノイズが目立つものの、意外に悪くないぞ、と思いました。ライナーノーツはついていますが、どのようなマスターを使ったのかは記載されていません。アナログ盤起こしなのか、あるいは日本で保管されていたサブマスターを使ったのか。
しかし、試しに2008年に出たコンピレーション「The Hits」を引っ張り出してきて "Can't You See That She's Mine" で聴き比べてみると、やはり「The Hits」の方がクリアですね。例えば、セカンド・ヴァースに入る直前に掛け声が小さく入るのだけれど、これが今回のリイシューでは聞こえなくなってしまっている。

まあ、手に入る材料で頑張ってみました、というものでしょう。何となく流している分には、そんなに不満はないです。音楽そのものは格好いいですしね。
来年になったらセカンドの「Catch Us If You Can」も出すのかしら。デイヴ・クラーク公認のものがリリースされない限り、手を出してしまうかも。
なお、デイヴ・クラークについてはライノ・レコード創立者によるこんな記事があって。欲をかきすぎたために売り時を逃して、にっちもさっちもいかなくなっているような。

2015-09-13

The Isley Brothers / Brother, Brother, Brother


アイズリー・ブラザーズ、1972年の公的には3人編成による最後のアルバム。

この時期の作品では、ソウル・ミュージックに白人的な感覚を溶け込ませるという創意がわかりやすい形で出ています。
彼らは作曲も自分たちでするのですが、この前作にあたる "Givin' It Back" では例外的に全曲がカバー、しかも一曲を除いてすべて白人ロック/ポップ畑のものでした。そして、この「Brother, Brother, Brother」ではキャロル・キング作が3曲に、ジャッキー・デシャノン作のものが1曲取り上げられていて、それらはオリジナル曲と並んでいても全く違和感がないアイズリーの音楽になっています。
演奏のほうは鍵盤が多用され、アコースティックな感覚が強いもの。ファンキーな曲であってもヘビーさがさほど前面に出ない仕上がり。曲によっては、バックトラックだけならウェストコースト・ロックを聴いているような瞬間があります。

ゴリゴリのファンクではないし、甘々なスロウでもないというものが多く、スタイルとしては過渡期なのですが、アイズリー版ニューソウルといった感じがして、とても好きな作品です。
収録曲ではオープナーである "Brother, Brother" の柔らかな感覚が抜群。でもベストはやはり "Work To Do" かな。軽快でキャッチーなファンクで、ここでもアコースティック・ギターが効いていますね。

2015-09-06

アガサ・クリスティー「ブラック・コーヒー」


戯曲2作を収録。

「ブラック・コーヒー」は1930年に発表したエルキュール・ポアロもので、クリスティ自身が手掛けた脚本としては初めての作品だそう。
ある科学者が研究の成果を盗まれることを恐れ、ポアロに調査を依頼する。だが、ポアロが屋敷に到着したときには、すでにその主は死亡していた。というお話。
いかにも舞台らしいと思えるのは、暗転している間に何かが起こるという趣向。あと、色んな人物が大した理由もなく、疑わしそうな動きをするところがあるね。
ミステリとしては毒殺を扱ったものだが、その機会を持った人物はきわめて限られているため、犯人の設定にはあまり驚きを生み出す余地はなさそう。
ただし、犯行の動機から展開されるロジックには面白いところがあって、この部分はむしろじっくりと消化することができる小説向きではないかしら。
ともあれ、ヘイスティングズとジャップというレギュラーも登場して、そこそこ楽しめました。
なお、クリスティはこれ以外にポアロが登場する戯曲を書いていないそうで、オーソドックスなパズラーは芝居にはあまり向いていない、ということでしょうか。

もうひとつの「評決」はだいぶ離れて1958年の作品。こちらにはシリーズキャラクターは出てきません。
犯罪が行われますがミステリではなく、観念的なメロドラマという感じ。プロット上のツイストは用意されてはいるものの、人間関係の動きを中心に据えてあって、雰囲気も重い(もっと皮肉なテイストを強調すれば、いわゆる「奇妙な味」になりそうなお話なのですが)。
正直、娯楽性はあまり高くはないかな。

対照的な2作品でしたが。合わせ技で一本、には少し足りないか。

2015-09-05

The Isley Brothers / It's Our Thing


アイズリー・ブラザーズが1969年、自身のレーベルであるT-Neckからリリースした最初のアルバム。
これ以前3年ほどの間はモータウンに所属し、あてがわれた曲ばかりを歌っていたのに対して、ここでは全ての作曲・プロデュースを自分たちで手掛けている。結構な変化というか冒険であったと思うのだが。
ジャケットに写る姿を見てもそれまでが揃いのスーツであったのが、いけてるのかそうでないのかはわからないが、とにかく個性的な格好であります。

アイズリーの音楽には都会的で洗練されたイメージがあるが、ここで聴けるのは粗野さを残したダイナミックな表現だ。
何といっても大ヒット・シングルである "It's Your Thing" が強力なファンクなのだけれど、ちょっとレイドバックした感覚がある。ホーンが入っているせいもあるか。いくつかあるスロウに土臭さが感じられるのも、この時期ならでは。
また、ロナルド・アイズリーのヴォーカルは後年のようなウェットな色気は控えめで、荒々しく、ストレート。ゴスペル的な感覚も濃く出ているように思う。

アルバムには "It's Your Thing" 以外にもゴツゴツして乾いた感触のファンクが多く並んでいて、スライ&ファミリー・ストーンやジェイムズ・ブラウンの影響が強く感じられる。そして、そこに個性を与えているのは存在感あるギターではないか。チャールズ・ピッツという、スタックスでもセッション・ミュージシャンとして活動していたプレイヤーによる演奏で、切れのいいリズムギターはもちろん、スロウの曲でもその硬めの音が独特の緊張感を生んでいる。

スタイルは借り物かもしれないけれど、自分たちのやりたいことで押し切った、そんな勢いがみなぎっている。まだまだ若々しくて、けれんの無い歌声が気持ちいい。

2015-08-31

マーガレット・ミラー「まるで天使のような」


文無しになったばくち打ち、ジョー・クインはヒッチハイクの途中で降ろされた土地にある、小さな宗教施設で施しを受ける。そこでクインの世話をしてくれたシスターは、彼が探偵免許を持つことを知って、ある人物についての調査を依頼する。簡単な仕事に充分以上の報酬、軽い気持ちで仕事を請け負ったクイン。だが、それは未解決のままになっている事件を掘り返すとば口であった。


ミラーのこれはやはり代表作のひとつでしょうか。以前は早川からでしたが、創元から新訳版が出たので久しぶりに再読。
1962年発表作品で、ロス・マクドナルドなら『縞模様の霊柩車』の頃だ。

主人公であるジョー・クインはふたこと目には皮肉な軽口を叩く、シビアな状況にもユーモアを見出そうというキャラクター。依頼された範囲の仕事は片付けたものの、疑問点を放ってはおけず、クインは関係者たちの過去を調査し始める。どこにでもありそうな港町と、異様な宗教施設を行き来しながら。
やがて、終わったように思われていた事件は、クインの行動が触媒になったかのように再び動き出す。

私立探偵小説のように展開しながら、複雑な謎解きの妙味が楽しめる。間に挟まれるドラマも印象的で、クインの成長劇としても読める。
だが、そんな雰囲気は、終盤に事件の真犯人が登場してから一変。
ひとがひとならぬものへと変貌していく強烈な不安感。ここからが、まさしくマーガレット・ミラーだ。

周到に伏線が張り巡らされているため、真相を一足先に見通すことも可能だろう。しかし、用意されているのは意外性だけではない。
すべての時間が停止するような結末。ここより先には何もない。パズルとスリルを止揚しながら、ミステリ的な問題を越えた異様なものが噴出する。

凄いな。唯一にして極上。

2015-08-29

The Isley Brothers / The RCA Victor & T-Neck Album Masters (1959-1983)


アイズリー・ブラザーズのボックスセット。内容は1959年の「Shout!」と、1969~83年の間にT-Neckから出されたアルバムが全部入り。ボーナス・トラックもトータルで80曲以上に及びますが、多くはシングル・ヴァージョン等のミックス違いかな。
23枚組です。にじゅうさん。多すぎて、あまりしっかりとは聴き切れないだろうに。買う前には、結構持っているのも多いしなあ、そういうのは聴かなくても既に聴いた気になってしまいがちなんだよなあ、と迷っていたのだが、全収録作品が新規リマスターされているということなので結局入手。ほんと、いいカモだよな。
実際にいくつか聴いてみたところ、音圧はほどほどに高いものの耳当たり良く、これはちゃんとしたマスタリングだぞ、うむ。



さて、本ボックスの目玉となっているのは「Wild In Woodstock」という、1980年のライヴ盤です。ライヴといっても彼らがずっとレコーディングに使用してきたベアズヴィル・スタジオで行なった演奏に歓声をかぶせた、ちょっと偽っぽいライヴ。制作はしたものの、レコード会社の却下にあってお蔵入りになっていました。後年、その収録曲のうちいくつかはボーナス・トラックなどの形で日の目を見ることになりましたが、今回のものは新たにミックスがやり直され、歓声も入っていません。
オープニングに「3+3」(1973年)からの "That Lady" を格好良く決めると、続いて当時の最新アルバム「Go All The Way」から3曲。その後もいわゆる「3+3」体制以降の曲が演奏されているのですが、「Go For Your Guns」からが一番多くて、逆にその前作である「Harvest For The World」の曲は無いというのが興味深い。
観客もいないスタジオ・ライヴなので、アルバム全体とするとメリハリに欠けるところがありますし、プロダクションも簡素なのですが、演奏のクリアさ、生々しさがそれを補っていると思います。特にファンク・ナンバーの迫力はなかなかのもの。スロウでは "Summer Breeze" が長尺になっているのがライヴならではか。



いやあ、やっぱりアイズリーはいいですな。急がず慌てず、一枚一枚ちゃんと聴いていこうと思います。