2015-10-26

アガサ・クリスティー「招かれざる客」


田舎に旅行中の技師、スタークウェッダーは道に迷ってしまったために、助力を求めてたまたま目に付いた屋敷に入っていく。すると、そこには主人である男の射殺体があり、そばでは男の妻であるローラが、銃を持って立ちつくしていた。スタークウェッダーはローラの境遇に同情し、外部からの強盗があったかのように現場を偽装する。


1958年発表の戯曲。読み物としては長めの中編、というボリューム。
序盤は倒叙ミステリのように進行していくのだが、警察の捜査が始まると不可解な手掛かりが見つかっていき、事件の様相が変わってくる。
さまざまな疑惑を搔き立てつつ興味を引っ張っていき、関係者の誰が真実を語っているのか、あるいは無実なのかが分からなくなってしまう。小説なら叙述トリック等を使わない限り、なかなかこうはいかないと思わせる感覚であり、ここら辺りが内面描写の無い、戯曲の特長であるのだろう。

物語は終盤、大きな展開を経た後に、盲点を付いた綺麗な収束を見せます。物語の最初のほうで感じたある違和感が、ここに至って解消されるのもいい。
シンプルなアイディアを効果的に生かした、良い出来の作品でした。

2015-10-25

Georgie Fame / The Whole World's Shaking: Complete Recordings 1963-1966


ジョージィ・フェイムがコロンビア在籍時代に残した音源のコンプリート・ボックスです。
四枚のオリジナル・アルバムにそれぞれボーナス・トラックが付き、さらに未発表のものを多く含むレアトラック集が一枚の5CDで、全106曲入りになります。
パッケージもしっかりしたつくりであって。ハードカバーのブックレットには珍しそうな写真に力のこもったライナーノーツ。ミックジャガーと談笑しているポスターや大判のカードなんかも付いていて。いかにも華を感じさせるたたずまいでありますね。


この時代におけるジョージィ・フェイムはむしろ日本でのリイシューが先行していて、欧米ではアルバムのフォーマットを残した再発は今までなかったのではないかな。そういうわけで、今回のオリジナル・マスターからのリイシューはまさに待望のもの。
の筈だったのだが。

ディスク1、デビュー作であるライヴ盤「Rhythm And Blues At The Flamingo」の音質がびっくりするくらいしょぼいです。以前から出ている日本盤CDのほうが(不自然なところはあるけれど)ずっといい。テープ・リサーチは時間をかけて徹底的にやったそうなので、他のアルバムはいい音なんですよね。けれど、コロンビア時代で一枚といえば、このライヴ・アルバムだと思っているのですよ、僕は。
勿論、スタジオ録音作もスマートで格好良いんだけれど、このフラミンゴ・クラブでのライヴではジャズやR&Bだけでない、有色人種娯楽音楽の闇鍋、といった雰囲気が横溢しているのです。ユーモラスなパーソナリティも伝わってくるようで、とにかく楽しいのだな。
だから、この音質はやっぱり残念。ボーナス・トラックにこのライヴ・レコーディングの未発表インストが入っていて、それはまともな音をしているんだけどなあ。


まあ、ちょっとケチをつけちゃいましたが、内容としては文句が無いのです。
若き日のフェイム、その伊達男っぷりを堪能できそうなボックスではあることよね、うん。

2015-10-19

Ricci Martin / Beached


1960年代のアメリカに、三人組のポップグループでディノ・デシ&ビリーというのがいました。メンバーのうちビリー・ヒンチは'70年代以降、ビーチ・ボーイズとともに活動していきます。一方、ディノ・マーティンはシナトラ・ファミリーであるディーン・マーティンの息子でした。
そして、そのディノの弟、リッキー・マーティンが1977年にリリースした唯一のアルバムが「Beached」です。米Real Gone Musicからのリイシューはヴィク・アネシーニによるマスタリングで、ボーナス・トラックとしてステレオ・シングル・ヴァージョン2曲に、同曲のプロモ用モノラル・ヴァージョンが追加されております。

レコード制作はリッキーの自作曲を耳にしたカール・ウィルソンがもちかけたそうで、プロデュースはカールとビリー・ヒンチが担当。レコーディングは1975年から'77年にかけてビーチ・ボーイズ所有のブラザー・スタジオで行われました。ビーチ・ボーイズからはカールの他にデニス・ウィルソンが、またシカゴのメンバーやヴァン・ダイク・パークス、ジミー・マカロックらも演奏に参加しています。
収録曲は全てリッキーのオリジナルで、これが意外なほどメロディのいいものが揃っています。サウンドの方は'70年代中期のビーチ・ボーイズを軽やかでメロウにした感じといったらよいか。ストリングスを配したスロウでは同時期に制作されていたデニスのソロ・アルバムを思わせるところも。

リッキーのボーカルは正直、線が細いものであって、カール・ウィルソンのような美声でもなければ、デニスのような深みもない。けれど、その頼りなげな歌声が当時のビーチ・ボーイズと共通するような成熟したサウンドに乗っかることで、儚さや脆さをロマンティックに表現した作品になっていると思います。
カリフォルニア・ポップの中でシンガー・ソングライター的なテイストが生きている、いいアルバムです。

2015-10-18

ランドル・ギャレット「魔術師を探せ![新訳版]」


自然科学のかわりに魔術が発達した平行世界、そのヨーロッパを舞台にした中編三作が収録。設定は現代ですが、描かれている生活は中世を思わせるものである。


「その目は見た」 魔術で何かできるかについてのフェアな説明によって、異世界ものとしてのルールをわかりやすく飲み込ませてくれます。一方で、ミステリとしての骨格は意外なくらいにオーソドックスなフーダニット。
関係者が限られているために意外性はそれほどないのだが、伏線は丁寧。驚くようなミスリードで煙に巻き、それをしっかり納得させる解決はこの作品世界の特性を生かしたものですね。

「シェルブールの呪い」 不可解な状況での人間消失事件、それが思いもよらない展開を呼び込んでいく。問題になる人物をめぐる奇妙なシチュエーションは、エラリー・クイーンのある長編を思わせるようで、ちょっとそそられる。
スパイ活劇風の味付けも楽しい一編ですが、ひねりの利いた状況が魔術そのものによるものではなく、魔術が存在するために起こってしまった、とするところが巧い。

「青い死体」 家具職人の工房から出荷されようとしていた棺桶、その中から全身を青く染められた何者かの全裸死体が発見された、というもの。
強力な謎とともに、解決のほうもこれが三作中で一番複雑ですが、魔術がここでは単にみせかけとして利用されている、というのが逆にスマートに感じられます。


異世界構築がしっかりとなされ、魔術の仕組みの説明も疑似科学っぽくて面白い。そこで行われる謎解きは手堅いものですが、意表を付いた手掛かりにはこの世界ならではのものがあります。
どれも非常にユニークでうまくできている中編集でした。

2015-10-14

有栖川有栖「鍵の掛かった男」


有栖川有栖の書き下ろし新作は、火村英生を探偵役に据えたものとしては今までで一番長い作品です。
最初に手にした感じではそんなに量があるようには思えなかったのだけれど、使われている紙が薄いのですね。しっかり500ページ以上あります。

知人が亡くなったのだが、自殺として処理されたことに納得がいかないので再調査してくれないか、という依頼をアリスが受ける。火村は大学での仕事が忙しく、電話で進捗を連絡することはあるものの、物語の前半はアリスの単独行で進みます。
故人は自分の過去については秘密にしていたようで、それを掘り返していくのに多くが費やされていく。その聞き込みを中心にした調査は私立探偵小説風だ。一方で、対象になる事件については公的には既に片付いていることや、その根が過去にあるということからはクリスティっぽいテイストを感じます。
果たして死んだ男はどういった人間だったのか。それがじわじわと明らかになっていく過程は地味ながらもスリリング。しかし、自殺という見解を覆す手掛かりがなかなか見えてこない。

現在の事件についての本格的な検証は物語後半、火村が登場してからになる。謎解きの興味が一気に強くなり、進展のギアが上がったという感じで、それまでとの対比も鮮やか。
問題となる人物の正体にはある程度見当がつくかもしれない(途中まで僕は違う可能性を考えていました。本人が名乗っていたのとは全くの別人がなりすましていたというそれです)。しかし、フーダニットとしては本当に取っ掛かりがないように思えるのだ。
最後の最後になって、非常に控えめなかたちではあるけれど〈読者への挑戦〉が登場。そして、シンプルな手掛かりから導き出される意表を付いたロジックが、犯人をダイレクトに指し示す。

徐々に解かれる謎と一気に解かれる謎、その絡み方がとてもいい。
奥行きが感じられ、読み応えのあるミステリでした。

2015-10-08

The Pete Jolly Trio / Little Bird


西海岸ジャズ、といっても実は余りくわしくはないのだが。ピート・ジョリーはセッション・ミュージシャンとしても活躍したピアニスト。そのプレイは凄く精確で、ゆえにタッチもとても軽やか。1963年にリリースされたこのアルバムも、全体によく歌うけれど、しつこいところのない洒脱な演奏が楽しめます。3曲で参加しているギターのハワード・ロバーツも出しゃばらず、ほんと役目をわきまえたサポートという感じ。

収録曲のうちでは2曲ある自作のものが良くて、特にタイトルになっている "Little Bird" が格好良くも陰影豊かなジャズボッサであり、中間部で低音を効かせる展開などは、ちょっとフランソワ・ド・ルーベを思わせるスリリングさ。
また、有名曲では "My Favorite Things" なんて取り上げていますが、独特の解釈ながらノヴェルティにとどまらないセンスを感じさせてくれる仕上がりです。

ところで、このアルバムの三曲目ではミュージカルの "Never Never Land" なんかも演っていて、この曲はトッド・ラングレンの「A Wizard, a True Star」(1973年)で知ったんだよなあ、なんて思っていると。アルバム後半に入っている "Toot Toot Tootsie (Goodbye)" という曲のメロディもなんだか覚えがある。これもトッドの「A Wizard, a True Star」なんだが、"Just Another Onionhead" という曲に組み合わさっていた "Da da Dali" がそっくり。調べてみたところ、この "Toot Toot Tootsie" も古いミュージカル曲でありました。トッドの "Da da Dali" はその替え歌、ということか。いや、思わぬ発見でした。

まあ、それを置いても、抜群の技巧とちょっとポップなテイストの加減が良いアルバムですね。