2015-09-26

E・C・R・ロラック「曲がり角の死体」


「クリスティに比肩する、もう一人の女王」ロラックだが、もうさすがにそんな、過大な期待をしているひとはいないだろう。
本作は1940年発表。

扱われているのは車中での交通事故死のように見えたのが実はガス中毒だったという事件です。フーダニットとしての他、偽装にどんな方法が使われたのかと、事件直前における被害者の行動に空白の時間がある、というのがミステリ的な興味ですね。
マクドナルド警部の捜査はひとつひとつの疑問に対して仮説を立てては、それらを裏書してくれそうな証拠を探すといった感じで、突拍子もないような可能性をあげることもなく、いかにも警察小説らしい堅実なもの。
その一方で、土地の人々が勝手に犯人を推測をしては気をもむ描写が挟まれるのですが、彼らはマクドナルドも知らない事実をつかんでいるようで、あなどれない。

しかし、地味ちゅうか、なんでしょうね。いまひとつ盛り上がらない。ようは事件そのものに個性が乏しく、犯人の危険なイメージも浮かんでこないのですね。また、マクドナルド警部がいかにすばらしい紳士であるかを強調するあまり、やりとりがまだるっこしくなり、スピード感が著しく削がれている。その割りに余り魅力的なキャラクターに感じられないのだな。
どうしたもんだろうな、と思って読み進めていると、物語後半に入って、なんだか思ってもみなかった方向に話が進んでいきます。オフビートといってしまってよいのか。さて、いったいどういう風に収束するのか。

謎解きとしては小さな齟齬を起点にした非常に手堅いものなのですが、創元推理文庫から今までに出た3作のうちでは、これが一番きっちりと組み立ててあるように思います。サプライズはバレバレだけれども。

う~ん、英国らしいよねえ。この不器用さをしみじみと味わうのが正解なんでしょうな。

2015-09-23

ヘレン・マクロイ「あなたは誰?」


「ウィロウ・スプリングには行くな。君はあそこじゃ邪魔者なんだ」
匿名の電話による警告にもかかわらず、婚約者の実家へと向かったフリーダ。だが、そこでも再び不安を掻き立てる電話があり、彼女の部屋が何者かに荒らされる事件も。そして、ついには殺人が。


1942年発表になる、初期のベイジル・ウィリングもの。
ウィリングは「地方検事局の顧問」であり「犯罪捜査に心理学を応用したアメリカで最初の精神科医」と紹介されています。

作品自体が全篇、非常に心理学的な要素が強いものであり、それがトリッキーなプロットとも密接に絡み合っています。
それでいて、終盤には正統的な謎解きの展開が待っているのだから嬉しい。もう残り60ページくらいしかないところで、ウィリングは言う。
「皆さんの中の一人がそうなのです。しかし、誰なのかは私にも分からない」

真相は一捻りあるもので、振り返ってみれば犯人ではない登場人物の心理描写にも細心の注意が払われていたことに気付きます。また、ミスリードも手が込んでいて。特にミステリを読み慣れた人ほど、アンフェア気味な飛び道具の可能性を疑うんじゃないかな。

独創的かつ、とても力のこもったパズラーだと思いましたよ。本当、近年に訳出されているマクロイ作品には外れがないですね。
なお、巻末の訳者による解説は非常に熱の感じられるものですが、他作家による有名作品の仕掛けを割ってしまってもいるので、若い人は注意したほうがいいかも。

2015-09-22

大山誠一郎「赤い博物館」


なぜか閑職についているキャリア女性警官が迷宮入りした事件を割りに簡単に解決してしまうという、連作ミステリ。よく判らない設定だが、昔の捜査技術には限界があった、あるいは綿密な再調査をしようにも時間が経ちすぎていている、というハンディを利用することで、問題をシンプルなものにしているようだ。
なお、警察小説の形をとってはいるが、例によってリアリティはない。それなのに生臭いドラマを乗っけようとするから、上滑りのすること。


「パンの身代金」 一発目のこれでちょっとつまづいた。小説としてだけでなくミステリとしても相当に、いかがなものかと思うところがある。しかし、この作者は減点法で採点するとダメダメなのはいつものことだ。久しぶりに読んだので面食らったが。
思いもよらないトリッキーな構図と、しかし全くそれを支えきれていないゆるゆるなディテイルのアナーキーさが痛快。まあでも、この真相はしっかり捜査されたらバレるよね。

「復讐日記」 手記を使った構成が興味を引っ張るミステリ。凄く複雑な犯罪ではありますが、手掛かりがとても良く出来ているし、二段構えの推理も鮮やかに決まった。
あと、掃除のおばさんの記憶力が凄すぎ。

「死が共犯者を別つまで」 謎の導入が相当にお粗末なものの、交換殺人の共犯者を探る、というひとひねりした設定は魅力的です。
推理のほうは発端がいささか強引だが、そこから展開される光景が素晴らしい。作品冒頭でのちょっとした引っ掛かりが生きてくるのもいい。

「炎」 30ページちょっとと、今回では一番短い作品。そのためか、推理の根拠は薄弱といっていいものだ。殺人方法を巡るロジックは冴えているけれど。まあ、このサイズの短編ならありかな。

「死に至る問い」 26年の時を経て全く同じ状況で殺人が起こった、という奇妙な謎はなかなか好みです。
しかし、ハウダニットと同じ調子でホワイダニットをいじった結果、真相の説得力がなくなってしまったように思う。発想は確かに凄いんだけれど。


前作『密室蒐集家』が、まず意外な結論を叩き付けてから、そこに至った推理を展開していたのに対して、今作品では状況の腑に落ちない部分から推理を展開していき、その末に真相を開示、という作りになっている。つまり、着想よりもまずロジックに目を行くようになっているのだが、それにしてはあまりに粗すぎるのだ。やはり、はったりをかましてその勢いで押していく方が、この作者には合っていると思う。
凄く面白かったのだけれどね。

2015-09-21

Pugwash / Play This Intimately (As If Among Friends)


パグウォッシュの四年ぶりになる新作が出ました。今回もコンピレーション「A Rose In A Garden Of Weeds」に続いて、米Omnivoreからのリリース。いよいよ本格的に全米デビュー、ってところですかね。
制作は地元アイルランドではなく、ロンドンにあるキンクスのコンク・スタジオでなされ、エンジニアはガイ・マッセイが担当。

本作では準レギュラーになりそうなニール・ハノンの他にも、実に目立たない形でゲストが加わっています。
オープナーであるキャッチーなギターポップ "Kicking And Screaming" ではジェフ・リンが「シャウト」というかたちで参加していますが、これはムーヴの "Do Ya" で聞こえる「look out baby, there's a plane coming」というセリフのパロディのよう。
そして、レイ・デイヴィスとアンディ・パートリッジがバックボーカルを務める "Oh Happy Days" は「Village Green Preservation Society」期のキンクスに対するオマージュのように思えますね。なお、アルバムのデザインも、アンディ・パートリッジのアイディアを参考にしたものらしい。

その他もカラフルでいい曲が揃っています。キラキラしたネオアコ "Lucky In Every Way" の瑞々しさは格別だし、A&M的ボサノヴァ "Clouds" はバカラックを通り越してペイル・ファウンテンズのよう。"You Could Always Cry" ではカントリーっぽい味付けがメロディを引き立てているし、後期ビートルズな "Hung Myself Out To Dry" やマッカートニー的な楽曲とジョージ・ハリスンを思わせるサウンドがマッチした "Silly Love" などなど、いろいろと聴き所は多いね。

まあ、トータルで見ればそんなには変わっていない、いつものパグウォッシュなのですが。あえていうなら、全体的にはやや穏やかで、取っ付き易くなったかも。タイトル通りインティミットな感触ね。

2015-09-20

エラリー・クイーン「チェスプレイヤーの密室」


エラリー・クイーンのペーパーバック・オリジナルというのは、要は他人が書いた作品をクイーン名義で出したもので、これまではあまり関心が無かった。『恐怖の研究』にはフレデリック・ダネイが参加しているというけれど、あれも詰まらなかったもの。

そんなペーパーバック・オリジナルで未訳の26作品より内容の優れた3作がセレクトされ、〈エラリー・クイーン外典コレクション〉と銘打って出されることとなりました。監修はおなじみ飯城勇三氏。
『チェスプレイヤーの密室』はその第一弾で代作者はジャック・ヴァンス。1965年発表作であり、密室殺人が扱われています。クイーンで密室というとあれやこれや思い浮かびますな。本作品のものにはああいった捻った趣向はないけれど、その分、実に強固な謎が設定されています。

解説によれば、代作者を使ったペーパーバック・オリジナルのそもそものコンセプトが、それまでのクイーンとは違った傾向の作品を出して読者層を広げる、というものであったということです。
その一方で実作の執筆は、梗概の段階でマンフレッド・リーがチェックを入れては代作者に何度も書き直しを命じ、最終的に小説の形になった文章にもリーが徹底的に手を入れる、といったものだったらしい。
実際に読んでみると、確かにオーソドックスな謎解き小説なものの、作風というか展開からはクイーンぽさはあまり感じられない。あえて挙げるなら登場人物一覧がそれらしいか。

ミステリとしてはフェアプレイに配慮して、しっかり組み立てられたもので。密室トリックについては時代を考えればオリジナリティも主張できそうだし、手掛かりも面白い。プロットにも意外性があって、よく練られていると思います。
そういったように楽しめる作品なのですが、エラリー・クイーンのテイストを求める読書には向いていないですね。値段も安い本ではないし、うーん。

2015-09-19

The Dave Clark Five / A Session With The Dave Clark Five


デイヴ・クラーク・ファイヴ、1964年の英国ファースト・アルバム、日本独自のリイシューです。ボーナス・トラックには当時、日本盤に差し替えで入っていた4曲が追加されています。
発売元のオールデイズ・レコードというのはオリジナル発表後50年以上経った作品ばかりを扱っている会社であって、まあつまり、このCDもそういう類のものだ。
パッケージは紙ジャケットなのだが、写真の色味がきつい上にタイトルの位置が変更されている。さらには裏側のデザインはほぼ原型をとどめていなくて、これならプラケースの方が良かったなあ。

さて、肝心の音質のほうですが。
一聴して、インスト曲ではヒスノイズが目立つものの、意外に悪くないぞ、と思いました。ライナーノーツはついていますが、どのようなマスターを使ったのかは記載されていません。アナログ盤起こしなのか、あるいは日本で保管されていたサブマスターを使ったのか。
しかし、試しに2008年に出たコンピレーション「The Hits」を引っ張り出してきて "Can't You See That She's Mine" で聴き比べてみると、やはり「The Hits」の方がクリアですね。例えば、セカンド・ヴァースに入る直前に掛け声が小さく入るのだけれど、これが今回のリイシューでは聞こえなくなってしまっている。

まあ、手に入る材料で頑張ってみました、というものでしょう。何となく流している分には、そんなに不満はないです。音楽そのものは格好いいですしね。
来年になったらセカンドの「Catch Us If You Can」も出すのかしら。デイヴ・クラーク公認のものがリリースされない限り、手を出してしまうかも。
なお、デイヴ・クラークについてはライノ・レコード創立者によるこんな記事があって。欲をかきすぎたために売り時を逃して、にっちもさっちもいかなくなっているような。

2015-09-13

The Isley Brothers / Brother, Brother, Brother


アイズリー・ブラザーズ、1972年の公的には3人編成による最後のアルバム。

この時期の作品では、ソウル・ミュージックに白人的な感覚を溶け込ませるという創意がわかりやすい形で出ています。
彼らは作曲も自分たちでするのですが、この前作にあたる "Givin' It Back" では例外的に全曲がカバー、しかも一曲を除いてすべて白人ロック/ポップ畑のものでした。そして、この「Brother, Brother, Brother」ではキャロル・キング作が3曲に、ジャッキー・デシャノン作のものが1曲取り上げられていて、それらはオリジナル曲と並んでいても全く違和感がないアイズリーの音楽になっています。
演奏のほうは鍵盤が多用され、アコースティックな感覚が強いもの。ファンキーな曲であってもヘビーさがさほど前面に出ない仕上がり。曲によっては、バックトラックだけならウェストコースト・ロックを聴いているような瞬間があります。

ゴリゴリのファンクではないし、甘々なスロウでもないというものが多く、スタイルとしては過渡期なのですが、アイズリー版ニューソウルといった感じがして、とても好きな作品です。
収録曲ではオープナーである "Brother, Brother" の柔らかな感覚が抜群。でもベストはやはり "Work To Do" かな。軽快でキャッチーなファンクで、ここでもアコースティック・ギターが効いていますね。

2015-09-06

アガサ・クリスティー「ブラック・コーヒー」


戯曲2作を収録。

「ブラック・コーヒー」は1930年に発表したエルキュール・ポアロもので、クリスティ自身が手掛けた脚本としては初めての作品だそう。
ある科学者が研究の成果を盗まれることを恐れ、ポアロに調査を依頼する。だが、ポアロが屋敷に到着したときには、すでにその主は死亡していた。というお話。
いかにも舞台らしいと思えるのは、暗転している間に何かが起こるという趣向。あと、色んな人物が大した理由もなく、疑わしそうな動きをするところがあるね。
ミステリとしては毒殺を扱ったものだが、その機会を持った人物はきわめて限られているため、犯人の設定にはあまり驚きを生み出す余地はなさそう。
ただし、犯行の動機から展開されるロジックには面白いところがあって、この部分はむしろじっくりと消化することができる小説向きではないかしら。
ともあれ、ヘイスティングズとジャップというレギュラーも登場して、そこそこ楽しめました。
なお、クリスティはこれ以外にポアロが登場する戯曲を書いていないそうで、オーソドックスなパズラーは芝居にはあまり向いていない、ということでしょうか。

もうひとつの「評決」はだいぶ離れて1958年の作品。こちらにはシリーズキャラクターは出てきません。
犯罪が行われますがミステリではなく、観念的なメロドラマという感じ。プロット上のツイストは用意されてはいるものの、人間関係の動きを中心に据えてあって、雰囲気も重い(もっと皮肉なテイストを強調すれば、いわゆる「奇妙な味」になりそうなお話なのですが)。
正直、娯楽性はあまり高くはないかな。

対照的な2作品でしたが。合わせ技で一本、には少し足りないか。

2015-09-05

The Isley Brothers / It's Our Thing


アイズリー・ブラザーズが1969年、自身のレーベルであるT-Neckからリリースした最初のアルバム。
これ以前3年ほどの間はモータウンに所属し、あてがわれた曲ばかりを歌っていたのに対して、ここでは全ての作曲・プロデュースを自分たちで手掛けている。結構な変化というか冒険であったと思うのだが。
ジャケットに写る姿を見てもそれまでが揃いのスーツであったのが、いけてるのかそうでないのかはわからないが、とにかく個性的な格好であります。

アイズリーの音楽には都会的で洗練されたイメージがあるが、ここで聴けるのは粗野さを残したダイナミックな表現だ。
何といっても大ヒット・シングルである "It's Your Thing" が強力なファンクなのだけれど、ちょっとレイドバックした感覚がある。ホーンが入っているせいもあるか。いくつかあるスロウに土臭さが感じられるのも、この時期ならでは。
また、ロナルド・アイズリーのヴォーカルは後年のようなウェットな色気は控えめで、荒々しく、ストレート。ゴスペル的な感覚も濃く出ているように思う。

アルバムには "It's Your Thing" 以外にもゴツゴツして乾いた感触のファンクが多く並んでいて、スライ&ファミリー・ストーンやジェイムズ・ブラウンの影響が強く感じられる。そして、そこに個性を与えているのは存在感あるギターではないか。チャールズ・ピッツという、スタックスでもセッション・ミュージシャンとして活動していたプレイヤーによる演奏で、切れのいいリズムギターはもちろん、スロウの曲でもその硬めの音が独特の緊張感を生んでいる。

スタイルは借り物かもしれないけれど、自分たちのやりたいことで押し切った、そんな勢いがみなぎっている。まだまだ若々しくて、けれんの無い歌声が気持ちいい。