2016-07-30

Caterina Valente / Sweet Beat


カテリーナ・ヴァレンテが1968年にリリースした「Sweet Beat」はオリジナル1曲を除いて、全て有名曲のカバーで占められていたアルバムです。
その米国盤とドイツ盤では収録された12曲のうち1曲が異なっていたようなのですが、2006年の独Bureauからのリイシューには両方の曲が入っています。

取り上げられているのは当時の英米におけるヒット曲が中心になっています。リズムを強調したシャープなバンド・サウンドに、ちょっとしたバロック・ポップ風の味付けがうまい按配で、今聴いても古さは感じません。
中でも、"We Can Work It Out" や "You've Got Your Love"、"Music To Watch The Girls By" などミディアム以上のテンポのものが好ましい仕上がり。カテリーナ自身のハーモニー・ボーカルもぴしっ、と決まっています。"I Dig Rock And Roll Music" なんて蓮っ葉な歌いくちがナンシー・シナトラばりで、これも悪くない。
そして、いくつかあるもっと古い時代の曲のアレンジがまた中々の聴きもの。ミュージカル・ナンバーである "Fascinating Rhythm" や "Ol' Man River" などがキャッチーなポップソングとして生まれ変わっているし、"Blueberry Hill" なんて後のキング・オブ・ルクセンブルグを思わせるほどでありますよ。

全体としてレイト・シクスティーズの英国ポップをキッチュにしたようなテイストが感じられるもので、企画性が突出してしまっていたであろう発表当時より、むしろ現代のリスナーにとって楽しめるアルバムではなかろうか、なんて気がします。

2016-07-26

エラリー・クイーン「エジプト十字架の謎」


クリスマスの朝、ウェストヴァージニアの寒村で発見された死体は、T字路にあるT字型の道標にはりつけにされていた。頭部が切り落とされた死体そのものもTの文字をあらわしているようであり、さらには被害者の家のドアにもべっとりとした血でTと書かれていた。これら奇怪な印は一体何を表しているのか? 頭を捻るエラリーであったが、やがて次なるはりつけ姿の首無し死体が。


創元からの国名シリーズ新訳が、二年ぶりに出ました。
今作は1932年に発表された第五作目で、それまでの作品と比べて事件が非常に猟奇的で派手なものになっているのが目を引くところ。そして、調査・尋問と続くのではなく、検視審問によって事件の概略が説明されることで、展開が省略されて物語に入り込み易くなっています。また、かなり離れたふたつの土地を事件の舞台とすることが、物語の雰囲気を変えることに結びついています。この辺り、物語作家としてのクイーンの変化が見て取れるところです。

ミステリとしては解決編における犯人確定のシンプルなロジックが有名ですが、中盤での故意に残された証拠を巡る、ねちっこい推理も素晴らしい。しかし、複雑極まりない犯罪計画でありますな。犯人が偽装をする動機が表裏、二重になっているところなどなかなか凄い。
また、ミスリードではないけれど、事件の核心をずらしていく構成も実にうまいと思います。

クイーンについては色々と思うところがあるのだけれど、単純な楽しさでいうとやはり国名シリーズが一番だな、と再認識した次第であります。大詰めの追跡劇から結末への流れは華が感じられるもので、これもまた初期クイーンならではの味わいです。

2016-07-09

Van Morrison / ..It's Too Late To Stop Now… Volumes II, III, IV & DVD


「..It's Too Late To Stop Now…」はヴァン・モリソンが1973年に行ったライヴを収録した2枚組アルバムで、翌'74年にリリースされました。そして、そのアルバムに入らなかったパフォーンスを新たにマルチトラックからミックスして収録したのが、最近になって出たセット「Volumes II, III, IV & DVD」であります。
これがいいんですよ、凄く。
テープの保存がよかったのか、とてもクリアで臨場感があるサウンドです。ヴァン・モリソンはライヴ・アルバムを制作するにあたって、スタジオでの演奏の手直しを一切させなかったそうで、なるほど生々しい録音だ。
ライヴ全体に肯定的な雰囲気が横溢していて、ゼム時代のレパートリーでも攻撃性は感じさせず、余裕のある表現になっています。

オリジナルの「..It's Too Late To Stop Now…」も今回、同時に
リイシューされましたが、リマスターはされていないような

ディスク1は'73年5月23日、ディスク2には6月29日にロサンゼルスで行われたライヴからそれぞれ15曲ずつ収録されていて、この2枚の間では曲目に重複はありません。ただし、ディスク2の "Into The Mystic" だけはオリジナルの「..It's Too Late To Stop Now…」に収められているのと同じ演奏のよう(ミックスは異なりますが)。
ディスク3は'73年7月23~24日にロンドンで行われたライヴから構成されていて、これも15曲入り。
同じ時期のライヴがこれだけの量というのは多すぎるように思うかもしれませんが、同じ曲を演っても歌いまわしが一回一回異なっているし、曲によってはアレンジや構成にも変化が付けられています。中でも "I've Been Working" が本格的なファンクになっているのが聴きものでありますね。


DVDは7月24日のロンドン公演、当時BBCで放送された映像で9曲入り、モノラル・ミックスです。
画質は鮮明とは言いがたいですが、ストリングス・セクションを加えた大所帯の強力さ、"Domino" でのソウル・レヴュー風の趣などがより伝わってきます。また、ヴァン・モリソンのキレの悪いステージ・アクションなどはやはり映像ならではの楽しさです。

2016-07-03

アガサ・クリスティー「カリブ海の秘密」


「殺人犯のスナップをごらんになりますかな?」
甥であるレイモンドのすすめで西インド諸島へ療養にやってきたミス・マープルは、滞在先のホテルで話好きの退役少佐から現代の青ひげ、ともいうべき男についての逸話を聞く。だが、その男の写真をマープルに見せようとしてした少佐は、何かを見つけたような表情を浮かべ、いきなり話題を変えてしまう。そして、その夜のうちに少佐は亡くなった。


1964年に発表された長編です。
扱われているのは、旅行先のホテルに集まった人々の間で起こる殺人事件。このタイプの作品は以前にもいくつかあったと思うのですが、それらに比べるとずいぶんと落ち着いた雰囲気です。複数の夫婦がいて、不倫が仄めかされているのですが、激しい感情の高ぶりなどはありません。このあたりクリスティがすでに70歳を過ぎていたこともあるのでしょう。

ミステリとしては手がかりに乏しく、有力な容疑者もなくて、誰が犯人であってもおかしくない、という感じ。もっとはっきり言うと、マープル以外の人間が推理しても真相に到達できるようにはなっていません。この時期のクリスティの作品はフェアプレイの謎解きを構築することに、もはやそれほど頓着していないという気はします。

派手さ・けれんはないもののリーダビリティ、サスペンス、意外性、そのどれもがほどほどのレベルにはありますね。
全体としてミス・マープル大活躍編、といったところが読みどころかしら。