2016-04-23

Joe Pass / The Stones Jazz


ビッグ・バンドを従えた、ジョー・パスによるローリング・ストーンズのカバー集(一曲だけオリジナルがある)。1966年、ワールド・パシフィックからのリリース。
ジャズとR&Bに通底している要素をストーンズを媒介にすることで浮き彫りにした、隠れた名盤だ。ストーンズ・ファン必聴なのはもちろんのこと、ブラック・ミュージックを大局的に理解したいひとには是非抑えておいて欲しい重要作である。
とかなんとか、まあ、でたらめはこれくらいにして。 

取り上げているのは"Satisfaction" や "Paint It, Black" のようなヒット曲から、"I Am Waiting"、"What A Shame" のような「何でこの曲を?」みたいなものまで。
ジョー・パスというのは伝え聞くにあまり商売っ気のないひとだったそうですが、このアルバムは持ち込まれた企画に乗ってやっちゃったのかな、と。メロディをオクターブや和音でもって丁寧に奏で、曲によってはスムースなソロを弾きまくっています。
しかし、それよりもこのアルバムの聴き所はボブ・フローレンスによるアレンジでしょうね。メロウでレイドバックしたものから、迫力充分のブラスが聴けるものまで、総じて原曲のイメージを一切残さない解体っぷり。知らずに聴いていたらストーンズの曲だとはまず気付かないのではないか。

一曲目の "Play With Fire" はちょっとファンキーで、"The 'In' Crowd" みたいで面白いですし、高速4ビートで料理された "Mother's Little Helper" は管が格好良く、とても乗りのいい仕上がり。
そして、個人的に気に入っているのが瀟洒なボサノヴァに生まれ変わった "19th Nervous Breakdown"。浮遊感を湛えたピアノがなんとも素晴らしい響き。

シャドウズのブライアン・ベネットのソロ作と共通するようなテイストも感じました。
期待するものを間違えなければとても楽しい一枚です。

2016-04-19

コリン・ワトスン「愚者たちの棺」


町の有力者の葬儀はごく限られた人たちだけで行われた。そして、その参列者のひとりが半年後になって、奇妙な状況で感電死する。さらに現場近くでは幽霊の目撃談もあがっていた。捜査に乗り出したパーブライト警部だが、事件の関係者たちは皆、何かを隠し、あるいは恐れているようであった……。


1958年、コリン・ワトスンのデビュー作です。
事件はとても不可思議なものなのに語り口は落ち着いたもので、現実的というか、この辺りがいかにも英国産らしい。ちょっと皮肉っぽいユーモアは毒というほどのものではなく、海外ドラマなんかでありそうな軽口で。また、展開のテンポはいいし雰囲気も明るい。
謎解き役であるバーブライト警部はあまり感情を表に出さない、落ち着いたキャラクターです。それでも物語後半に至ると真相を掴んだようで、それを読者には伏せたまま裏づけ捜査に奔走する場面では緊張感が高まっていきます。

メインのアイディアは古典的なものですが大胆な使い方であり、この器にこれを盛るのか、という感じの意外性を感じました。
手掛かりが少ないし、それも出てくるが結構な後半だったりするのでパズラーとはいえないかもしれません。けれど、奇妙な伏線の数々が実に楽しいですね。

前情報があまりなかったため大して期待していなかったけれど、これは面白かった。
個人的にはロラックより買いますね。秋に出るという三作目も読もうかと。

2016-04-18

R・A・ラファティ「地球礁」


地球外からやってきた(ような)プーカ人であるデュランティ家二組の夫婦と、地球で生まれたその子供たち(そのうちのひとりは幽霊)。どうにも地球人とは馬が合わず、トラブルが絶えない。やがて、地球アレルギーで弱っていく親たちをよそに、六人の子供とひとりの幽霊は全地球人の抹殺に乗り出した。


1968年、ラファティのキャリア最初期に出された長編です。
物語の中心となるデュランティ家らプーカ人の出自については一切触れられておらず、彼らが他所の星から来たのか、そもそも何のために地球にいるのかにもはっきりとした説明はありません。ですが、そこら辺りは気にせず、残虐な悪鬼のようでありながら魅力的な子供たちの冒険ファンタジーとして楽しむのがよいかな。

プーカ人は地球人に似ていながら、少し異なる外見を持っています。なんとなく近しい関係はあるらしい。そして、彼らがバガーハッハ詩なるものを詠うと、詩の内容が現実化し、それで人を殺すことも出来るようだ。
また、子供たちの会話というのが実にいい加減で、ほら話なのか本当に起きたことを話しているのかが区別できない。
とぼけた語り口もあいまって、この辺りはちょっとポストモダン文学風な面白さであります。

彼らはほとんどの地球人たちを憎んでいるけれど、例外もいて。インディアンである肝っ玉母さん風のフィービーや、酔っ払いのフランス人でほら吹きのフィベールは胡散臭いが実に頼もしいキャラクターだ。一度顔を出すだけの、機械工学士であり自ら改造したスポーツカーを乗り回す若者も忘れ難い。

虚を突かれるようなエピソードを重ねながら、物語の後半にはデュランティ家と地元の権力者たちとの対決が待っています。これが手に汗握る西部劇風の展開で。沼地での決着シーンなんて紋切り型ゆえに、逆にこの異様な物語の中ではとても際立って見えますね。

読み終わってみれば妙に感動的でもあって。色んなジャンルの物語の要素を大鍋にぶち込み煮込んだような、荒削りな力強さを感じさせる一作でございました。

2016-04-17

Bettye Swann / The Money Recordings


ベティ・スワンが1965~67年、マネー・レコードに残した音源をまとめたコンピレーション。英Kentから2001年に出たもので、アルバム「Make Me Yours」全曲にシングル・オンリー、未発表テイク、さらにはリミックスまでも収録。

制作はハリウッドで、中でも初期のいくつかの曲はゴールド・スター・スタジオで録音したそう。アレンジには時代を反映してか、モータウンを意識したようなものが多いです。
このひとはシンガーとしてはそんなに声量が凄いとか、迫力を感じさせるタイプではありません。軽量級なのだけれど表情豊かな歌声で、実にチャーミング。ボーカルにかけられたリヴァーブが浅いこともあって、それがはっきりと伝わってきます。
さらに、彼女には自分の歌唱スタイルに合った曲を書くことが出来る、という強みがあったわけですね。ここでの収録曲もいくつかあるカバーを除けば、殆どが自作のものです。

アルバムタイトルにもなった1967年の "Make Me Yours" はR&Bチャートでトップまで上がりました。コーラスや管はまんまモータウンなのですが、ループし続けるようなベースラインがヒットソングとしての肝でありますね。
それより僕が気に入っているのはメロウさをたたえたアップで。切迫感を感じさせるメロディのノーザン "Don't Take My Mind" と、これもモータウンを下敷きにしながら実にせつない展開が待っている "You Gave Me Love" が特にぐっと来ますねえ。

2016-04-10

ヘレン・マクロイ「二人のウィリング」


みずからベイジル・ウィリングと名乗る男を追って、本物のベイジルはあるパーティに参加する。だが、その男はベイジルの目の前で奇妙な言葉を残して息を引き取ってしまう。さらに、男をパーティに招いた老嬢も同じ晩に亡くなっていた。


ちくま文庫からのものでは二冊目になるヘレン・マクロイ。これは1951年、『暗い鏡の中に』の翌年に発表された長編です。

強力な引きのある発端から、ダイイング・メッセージ、不可能興味まで盛り込まれているけれど、それらの解決はみな結構小粒なものであります。というか、いかにも探偵小説らしい要素を配置しながらも、狙いはそこにはないのだな。
また、この作品ではベイジルのほかにも精神科医が登場、精神治療についての議論などもあります。これは装飾にとどまらず、プロットに有機的に絡んでくるのですが、だからといって頭でっかちな作品にはなっておらず、むしろ全体としてのリーダビリティはかなりいい。

テンポが良くスリラー味の濃い展開に導かれて解決に至った瞬間、それまでの不可解な台詞やさりげない会話に潜まされていた裏の意味が浮かび上がってくる。全体が丁寧に構築されていたことに思い至り、ううん、やっぱりマクロイはいいねえ。

分量はそれほどないし、純粋な謎解き小説として読むと当てが外れるかもしれませんが、いかにもマクロイらしいミステリが堪能できました。
しかし、この作家はもう結構な数の作品が翻訳されているのに、まだいいのが残っているのね。

2016-04-04

アガサ・クリスティー「鏡は横にひび割れて」


アメリカから越してきた有名な映画女優、マリーナが自宅でパーティを催した。その席で、彼女のファンだという地元の女性が毒殺される。だが、被害者の飲んだカクテルは、そもそもはマリーナに渡されたものだったのだ。
一方でそれに先立つある瞬間、何故かマリーナは凍りついたような表情をしていたそうなのだが……。


1962年発表のジェーン・マープルもの。マープルの登場する長編というのは12作品しかないのね。もっと多いものだと思っていた。この『鏡は横にひび割れて』はその8番目にあたるのだけれど、セント・メアリ・ミード界隈にも近代化の波が押し寄せてきている。また、マープル自身も老い込んできたことを気にしている様子。

それはともかく。
この時代のクリスティにしてはとてもしっかりとしたミステリではあります。しかし、僕もこれまで女史の作品を数多く読んできて、その手筋というものに慣れてしまっているため、真相やその動機には結構早い段階で気付いてしまったのですね。ちょっとあこぎな誤導があって、途中「?」とはなったけれど。
じゃあ面白くなかったのかというと、そうではなくて。生き生きとしたキャラクターやドラマの醸成など、骨格を支える肉付けの部分がよく出来ているし、脇筋になるような謎も興味を持たせるものになっています。

作者も70歳を過ぎていて、さすがに仕掛けの斬新さとかはないのですが。丁寧に作られていれば、意外性を感じることはなくとも楽しんで読める、ということですね。
もっと言えば、クリスティの作風に馴染みが無ければ、驚けたのだろうとは思います。しかし、その場合読み物として別の部分の楽しみが薄くなるのであって、痛し痒しですな。