2017-10-29

フィリップ・K・ディック「銀河の壺なおし〔新訳版〕」


西暦2046年、陶器の修復職人であるジョーは仕事にあぶれていた。既に陶器はプラスティックに取って変わられ、殆ど使われなくなっていたのだ。政府からの補助金で食いつなぎ、無為に過ごすことによる閉塞感に押しつぶされそうな毎日。しかし、そんなある日、ジョーの元にその技術を見込んだ巨額の仕事が舞い込んだ。


1969年の長編。
他の星系を舞台にした物語で、うだつのあがらない男の前に大きなチャンスが訪れる序盤はさながら冒険ファンタジー風。展開はスピーディで、なにやら過去がありそうなヒロイン、全てが書かれている預言書、光と闇の相克など、面白そうなアイディアが次々と登場して退屈するところはありません。
ユーモア要素も盛り込まれているし、異星生物の描写や、やたらに人間臭いロボットなども魅力的であります。

さくさくと読んでしまえるのですが、何しろ物語の様相が急激に変容していくので、さまざまなものが掘り下げられること無しに放置、という感は否めないです。半ばディストピア化した地球が全く省みられなくなっているのはなんとも。
にしても、この先読みの出来なさは凄いな。

読んでいる間は面白いのだけれど、何だかわかったようなわからないようなお話でした。まあ、気楽な娯楽作品として受け取ればいいのだろうな。
来月は『シミュラクラ』か。

2017-10-28

The Jam / 1977


ジャムの最初の2枚のアルバムを中心にしたボックスセット、4枚のCDにDVDという構成です。
これで彼らのアルバムは全てデラックス仕様でリイシューされたことになります。

判型はばらばらだが

今回のリリースで不満を挙げるとすると、セカンドアルバムのデモが無いことか。いや、ディスク2に収められている「In The City」のためのデモの数々(うち半数はオフィシャル初登場)が実に聴き応えがあるのでね。バランスはいまいちだし奥行きには欠けるものの、生々しさや粗さが大いなる魅力となって迫ってくる。

またディスク4、始めのジョン・ピール・セッション8曲は「At The BBC」に入っていたのと同じ演奏ですが、ここでのギターの金属的な鳴りはまさにドクター・フィールグッド直系、という感じで嬉しくなってくる。個人的にはアルバム収録バージョンより好み。
その後に収められているのナッシュヴィルでのライヴは初登場のものだ。音質も悪くない。テンションの高さが空回りしているような曲もあるけれど、そこがこういった音源の楽しさでもある。


DVDのほうには珍しいものは無いようだ。1977年に絞ったことで分量も控えめ。だからこそ、一気に通して見てしまえる。何の演出もない、ただ演奏している姿を捉えているものだが、ただごとではない疾走感。当て振りのものでも全力だ。




結局のところ、ジャムのアルバムでは「In The City」が一番好みですね、個人的には。あっという間に過ぎていって、後には何も残さないような音楽。一方で、こういう表現は長く続けていくことができない、というのもまたわかる。
ポール・ウェラーは「In The City」について、収録曲の多くはザ・フーのファースト「My Generation」を下敷きにして書いたと語っているそうですが、"Non-Stop Dancing" なんかは同時期のエルヴィス・コステロと似たテイストがありますね。微妙にパブ・ロックっぽい。というか、スペンサー・デイヴィス・グループから来ているのかな。

2017-10-19

ジャック・カーリイ「キリング・ゲーム」


ふたりとも殺してやる。グレゴリーは掃除用具を蹴飛ばし、便で汚れた水で手を濡らしたまま、暑くて悪臭の漂うガレージを歩きまわった。あいつらの目玉をくり抜く。腹を切り裂き、飢えたドブネズミを詰める……タマを木に釘づけしてから、頚動脈を剪定バサミで切る……

二年に一度邦訳が出るカーソン・ライダー刑事シリーズ、これはその9作目で、米本国では2013年に出版された作品です。我が国では6作目と8作目がスキップされていまして、この作品ではそのうちの一つの殺人犯についても触れられているのですが、これは大丈夫なやつなのかしら。
ただ、出てくるのが毎度サイコパスのシリアルキラーなわけで、その辺りを考えると、うん、隔年でいいかな、という気がしないでもない。

今作では犯人が物語の最初から名前付きで登場している。そして、被害者たち個人の間には本当に関連がない。つまり、読者にとっては解くべき謎が存在しないし、次の被害者の予想も立てられないためサスペンスが生まれない。こうなってくるとなかなか、読み進めるのが大変。後半に入ると主人公の兄にしてサイコパスのエキスパート、ジェレミーも登場するけれど、役不足な感が否めない。この程度のことでジェレミーを呼ぶなよ、と思ってしまう。
犯人の自制にほころびが見え始めたときに、ようやく物語のエンジンが掛かってくる、そんな感じなのだ。

結末近くに至り、全てが明らかになったとき、それらの欠点は必然であったことがわかる。全てに意味があったのか、と。その意外性が発動するのが予想外の領域にあるため、かえってカタルシスに直結しないのは痛し痒し。

いわゆる伏線とは違う、クリスティ的な騙し絵の技巧が駆使された力作ではあります。ただ、ミステリとしての達成に感心はするけれど、エンターテイメントとして面白いかといわれると、どうかしら。
あと、シリーズはこの後からちょっと変わっていくようでありますね。

2017-10-18

The Rolling Stones / Aftermath (UK)



そしてこちらは英国での四枚目。
初めて全てをオリジナル曲で固めたアルバムで、質の高い曲が多い分、逆に落ちるものが目立ってしまっているかも。

US編集盤を取り上げたとき、このUK盤のほうがジャケットは渋くて格好いい、と書いた。けれど、1966年にしては古臭いという気もする。実際の音のほうはそれまでよりもカラフルだし、サイケデリックにつま先を踏み入れているようなものもある。"Think" あたりは次作「Between The Buttons」に混じっていてもおかしくない。

シングルでリリースされたのは "Mother's Little Helper" と "Lady Jane" のカップリング。どちらの曲にもそれほどの愛着はないけれど、改めて "Mother's Little Helper" を聴いてみると、骨格はもろキンクスですな。メロディはフォークっぽくって、ミドルエイトの展開からはビートルズの影響を感じます。うん、なんだか面白い。

このあたりから、ブライアン・ジョーンズがスタジオにあったさまざまな楽器を弄り回しはじめ、それはサウンド面における貢献といえるかもしれないけれど、それとともに二本のギターが絡みあうことが少なくなっていく。
とりあえずは、まだこの頃には一枚岩だった、そう思いたい。まとまりはないけれど、バンドとしての充実を感じるアルバム。

最近は "High And Dry" がストーンズ流カントリーブルースの原型、といった趣で気に入っております。

2017-10-14

The Rolling Stones / Aftermath (US)


1966年、米国での6枚目のアルバム、ですが。
実をいうと米盤仕様「Aftermath」は昨年のモノ・ボックスが出るまで聴いたことがなかったのだ。英国盤の曲順を勝手に変えて出していたものなわけで、ここにしか入っていない曲もない。ジャケットも英盤のほうが断然、渋くて格好いい。ボックスがなかったら聴くことはなかっただろう。
しかし実際に聴いてみると、それほどは悪くない。というか、元々の英盤が冗長なんですな。

英盤からの変更点としては、オープニングの "Mother's Little Helper" を "Paint It, Black" と差し換える、地味目な曲を3つ外す、A面最後の "Goin' Home" をアルバムの最後に廻す、というところですね。
まず、一曲目が変わるとアルバムとしての印象は大分、異なったものに感じられるのは確か。そして、"Paint It, Black" は特大ヒット曲であるけれど、一曲目向けでは無いという気もする。
次に、"Out Of Time" と "Take It Or Leave It"、そして "What To Do" の3曲が外されているのだが、さて。昔から思っていたけど英盤はB面がやや弱い。で、どれかを削るとなったとき、"Out Of Time" と "Take It Or Leave It" はどちらも良い曲なんだけれど、ポップ過ぎてアルバムの流れではちょっと浮いているかもしれない(僕ならどちらかを残して "It's Not Easy" を省くけれど)。で、"What To Do" はそもそもそんな大したものではない、満場一致だ。そんな風に納得してしまえ。
そして大作、"Goin' Home" の扱い。この曲でお腹いっぱいになって、もうB面は聴かなくていいや、そうなってしまったことが何度もありました。だから、最後にするという判断もありだな。
こんな感じで、全体をコンパクトにまとめながらバラエティも残した編集ではないでしょうか。あと、このサイズだとやはり " Mother's Little Helper " より "Paint It, Black" の方が必要になってくるのだな。

などと書いてきてなんなのだけど、オリジナルの米盤モノラルというのはステレオ・ミックスからのフォールド・ダウンらしいのだ(モノ・ボックス収録のほうは真正のモノラル・ミックスに差し換えられています)。だから、米盤「Aftermath」はステレオ・ミックスでないと本当に聴いたことにはならないのかも。いやあ、そこまでしては、もういいかな。

2017-10-07

Todd Rundgren / Hermit Of Mink Hollow


トッド・ラングレンが1978年にリリースした、ソロとしては8枚目にあたるアルバム。
全ての楽器をひとりで演奏、いわゆるワンマンレコーディングで制作されています。「Something/Anything?」(1972年)の4分の3もワンマンであったけれど、この「Hermit~」はミンク・ホロウという土地にある自宅スタジオにて、卓とブースの間を行ったり来たりしながら録音されたらしく、そのせいか、より密室性を強く感じさせるものになっています。

実はこのアルバムに関してはずっと、あまりピンと来ていなかったのだな。キラキラしたサウンドやシンセが、ユートピアならいいけどソロだと合ってないような気がして。また、音の分離が余り良くなく、ごちゃごちゃしている印象もありました。それが、最近になってなぜか無性に聴きたくなってきたのですが、いやあ、曲はいいのが多いのですね。
シングルとしてスマッシュヒットしたのが "Can We Still Be Friends"、これがやっぱり飛びぬけて良いすね。メロディの麗しさもさることながら、間奏部分のコーラスアレンジが浮遊感を湛えたサウンドとマッチしていて素晴らしい。それだけに深いエコー処理がなあ、もっと素で聴かせてくれよ、と思ってしまう。

このアルバム、アナログA面が「The Easy Side」、B面が「The Difficult Side」となっていますが、これはトッド本人ではなくレコード会社が決定した曲順だそう。
「The Easy Side」では先に触れた "Can We Still Be Friends" の他だと、スロウの "Hurting For You" が好みです。トッドのソウル路線、その典型ではありますが。
それから、"Too Far Gone" と "Onomatopoeia" はそれぞれボサノヴァとミュージックホール調のスタイルをトッドならではのアレンジで仕上げていて、独特の音楽になっていますな。
あと、"Determination" のベースラインがとてもビートルズ的で楽しい。この曲なんかを聴くと、ワンマンレコーディングでもしっかりとしたグルーヴは生み出せる、ということがわかります。
アルバム後半、「The Difficult Side」はやや地味な印象ですが、"Out Of Control" などのハードポップな要素はこの後のユートピアにおける方向につながっていくような感じも受けます。

2017-10-01

フィリップ・K・ディック「去年を待ちながら〔新訳版〕」


2055年、地球は星系間戦争に巻き込まれすっかり疲弊していた。敵対する異性人で巨大な昆虫のような外見をしたリーグ、彼らには地球との和平の意思もあるようなのだが、その一方で地球が協定を結んでいる勢力であり、地球人の遠い祖先でもあるリリスターはどちらかが破滅するまで戦争をやめるつもりはない。そして地球を監視し、そこからエネルギーを搾り上げ、あげくは支配下に置こうとしているのはリリスターのほうなのだ。


1966年長編、新訳が出たので再読。
いやあ、こんなに面白い話だったっけ? とにかく展開がスピーディで、だれ場がない。その分、アイディアが出しっぱなしで処理されてなかったり、理屈が通っていないところ、説明不足な部分もちらほらあるのだが、とにかくぐいぐいと進んでいく。

登場人物たちの多くは常に強いストレスを感じており、気の休まるときがない。じわじわと、しかし確実に地球は破滅へ向かっているようである。そんな中、ある場所で逃避のために持ち込まれた新種の幻覚性ドラッグ、JJ- 180。それは実は極秘裏に開発された戦争兵器であり、体内に入ると致死性のダメージを与えるものであった。一方で、副作用として一時的な時間旅行がもたらされるようなのだが。

物語後半には多元宇宙の存在が浮かび上がってくるのだけれど、設定そのものはかなりいい加減。しかし、そこから引き出される謀略小説的な展開がとてもスリリング。意外極まりない仮説が矢継ぎ早に打ち出され、ページを繰る手が止まらない。
それなのに、状況を救うために命がけで奔走したあげく、どうだっていいや、俺にはもっと大切なことがある、という個人的な事情に収束する結末。まったくもってディックらしい。

ハラハラ、わくわくさせて、そして何故か泣かせる。かなりとっちらかった作品です。
なお、ハヤカワ文庫ではこの作品に続いて『銀河の壺なおし』『シミュラクラ』『戦争が終わり、世界の終わりが始まった』、それぞれの新訳を4ヶ月連続で刊行とのこと。まあ何と言うか、歳を取っても読むものは変わらないのだなあ。