2017-11-18

G・K・チェスタトン「ポンド氏の逆説」


チェスタトン晩年の短編集、その新訳版。英国で出版されたのは1936年、作者の死後だそう。

主人公のポンド氏は政府の役人であり、お馴染みのローマン・カトリックの神父画家兼詩人などと比べるとそれほど変わったところがない、というか、あまり行動的ではないのだな。キャラクターとしては地味なほう。
各編の始めのほうで、会話中にポンドが逆説めいたこと――二人の男の意見が完全に一致したために、ひとりがもうひとりを殺すことになった、等――を口にすると、他の人物から意味がわからない、それはどういうことなのだ? と説明を求められる。それで、実はこういう話があってね、と過去に見聞きした事件について語り始める、といった具合。逆説が謎掛けになっているのですね。
そのポンドにつっこむ役割を果たすのが、友人のガヘガン大尉と政府の重要人物であるサー・ヒューバート・ウォットン。特にガヘガンにはブラウン神父譚におけるフランボウを思わせるところがある。犯罪者でも悪人でもないけれど、何度か事件に巻き込まれるうちにある種の改心をするに至る。

冒頭に置かれた「黙示録の三人の騎者」は暗い土手道を走る馬と、その周りに広がる原野のイメージが後を引き、本書の中でもっとも濃厚な印象を残す。そのトリックは時空を伸び縮みさせる文章と分かちがたく結びついていて、ミステリであることを忘れてしまいそうなぐらいだ。
他では、逆説そのものをミステリにした「博士の意見が一致する時」や、極めて抽象度の高い謎を平易な読み物として書き切った「名前を出せぬ男」はチェスタトンならではの作品で嬉しくなってくる。
また、殺人事件が起こるが真犯人探しがまるでなされない「ガヘガン大尉の犯罪」、まるっきり探偵小説のような事件の裏で進行していた意外な物語「恋人たちの指輪」、そして、ある古典中の古典をチェスタトン流に料理した「恐ろしき色男」などでは、ジャンルに対する自在なスタンスが楽しい。

情景描写は控えめで、ユーモアもわかり易く表現されているので、比較的軽めの読み物になっています。それでも、チェスタトンでしか書けなさそうな作品集でありますよ。

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